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悪寒

『神迎える 夕陽の海は さみしくて』


 一挙手一投足をなんの装飾もなく映しかえす大鏡の前で、五人の少女が玉の汗を弾きながら、四肢で風を切る。


『届かぬ想い 胸しめつける』


 プロデューサーは、表情一つ変えず、顎に手を当ててその光景を観察している。視線は鋭い。


『オレンジ空に 伸ばした手はいつも ただ冷たくなって』


 すずめは右から二番目。結んだ髪を泳がせながら、体に染みついた振りつけを、情熱とともに表現している。


『やがて来る夜の はじまりだけに 想いはふれた』


 アカリが、懸命に舞いおどるすずめの後ろ姿を目に焼きつけて、うなずいた。


「――オーケー! 今日はこれまで!」


 パンパン、と手を叩いて、プロデューサーが練習を中断した。五人のメンバーが振りかえり、視線はプロデューサーに集中する。


「おとといとは比較にならない出来ばえだ。これだよ、期待してたのは」


 メンバーの顔に、安堵が浮かんだ。


「とは言え、まだ本番まで一週間近くある。パフォーマンスに完璧は存在しない。今の気持ちを忘れずに、指先まで情熱を込めるつもりで、これからのトレーニングに臨んでくれ」


 プロデューサーは頬を緩ませたが、それに気づいたのはアカリだけだった。


「ふーん、だんだん板についてきたじゃないのっ、プロデューサー?」


 アカリがスタジオから出ようとしたプロデューサーの袖をつかんで、声をかけた。


「アカリちゃん……勘弁してよ、周りの目もあるんだから……」


 メンバーに対する毅然とした態度は鳴りを潜め、あたふたと周囲を見回す少年の顔がそこにはあった。プロデューサーは、実はアカリと従兄弟の関係にある。


「一年前に比べたら、貫禄ものだよねっ。お父さんも喜んでるんじゃない?」


「さてね。俺は俺のできることをやるだけだから」


「……ふーん、まあ、そうだよね」


 アカリが苦笑する。


「それで、プロデューサーから見て、今日のすずめはどうだった?」


「どうって……疲れがあるのは見てとれたけど、補って余りある気迫があったかな。疲労があろうがなかろうが、高い集中力で踊りきるのがすずめちゃんの強みだからね。今日はそれが全面に出てた」


「うん、そっか」


「学校でなにかあった? パフォーマンスはパーフェクトに近かったから問題ないけど、動きになんていうか……怒り、みたいなものを感じたんだ」


「怒り……ね。ううん、特になにもないよ」


 プロデューサーの勘はさすがに鋭い。しかし、アカリは頭を振った。


「そう……俺、そろそろ行くよ? 事務とか調整事もあるし」


「はいはーい。引きとめてごめんねぇっ」


 お疲れさま、と言って、プロデューサーは姿を消した。


 アカリが振りかえると、すぐそばですずめが汗を拭っている。


「すずめ、お疲れさま」


「ああ、アカリ。お疲れ」


「どうだった、って訊かないんだねっ?」


 アカリがすずめの顔をのぞき込むと、真顔が怪訝に歪む。


「……? 別に、ボクのダンスは完璧だもん。そんなのボク自身がわかってるから、評価はいらないよ」


「あー、うん。そうだね、こんな質問意味ないねっ」


 いつもの調子のすずめに、アカリは苦笑した。




 ――ぶうん、と音が響いた。




 アカリがバッグにつけていた万華鏡が発光している。色は、最近見慣れた、朱。


「また凶兆っ……? イナリとナオトのことかな?」


 キーホルダーを外して、レンズの向こうをのぞいてみる。


「どうせなにも映らないでしょ……って、あれ?」


 レンズの向こうには、いつもの幾何学模様ではなく、確かに映像があった。


 星は見えないが、夜空を見上げているシーンだろうか。ひしゃげた街灯が点滅していて、鉄筋がむき出しになった、ずたぼろの塀が見えた。


 そして、すずめが激しい剣幕で、なにかをこちらに向かって叫びつづけている。


「……? なんだろ、これ? いきなり映しだしたかと思ったら、よくわからない画だなあっ……?」


「……どうかした?」


 首を傾げているアカリに、すずめが声をかけてきたが、




「――神奈ちゃん、今日はすごかったね!」




 元気な声に、注意がそれた。


 すずめが振りむくと、そこには『いずもいずむ』のセンター――安倍十子が立っている。


「十子先輩、お疲れさま」


「お疲れさま。今日はアカリちゃんも一緒なんだね?」


「はぁ、やんごとなき事情があって」


 すずめが肩をすくめると、十子がアカリに笑いかける。


「……? どうかしたの、十子さんっ?」


 じっ、と見つめられた気がして、アカリは訊きかえしていた。


 十子が優しい顔のまま、首を振る。


「今日の調子で行けば、本番は大丈夫そうだね。さすが神奈ちゃん!」


「もちろんだよ。ボクは絶対に――失敗なんてしないから」


 普段とはどこか違う、十子の声色に、アカリは少しだけ、背筋に冷たいものを感じた。


 十子の表情は変わらなかった。

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