揺れる想い
ピッ、とホイッスルが鳴って、メンバー交代のタイミングがやってきた。薄暗いフィールドを駆けぬけていた直兎が、数人のチームメイトと一緒に戻ってくる。
紅白戦。直兎がいるチームの方が、圧倒的に得点力が高い。
「お疲れさまどす……な、ナオト」
「お、おう」
息が上がり、汗を滴らせた直兎に、イナリはタオルとスポーツドリンクを手渡す。
「サンキュ」
受けとると、直兎は汗を拭うのもそこそこに、ドリンクを一気にあおった。角ばった喉仏が、飲みくだすたびに動く。
その様子に、イナリは男性的なものを強く感じた。
「……どうかしたか?」
視線を釘付けにしていたイナリに、直兎が声をかける。
「な、なんでもないどすぅ……やっぱり喉、乾くんどすなぁ」
「そうだな。運動量半端ねーからさ。今はまだ気温が低いからいいけど、夏なんて地獄だぜ?」
「せやろなあ……」
天から降りそそぐ日光と、地面から立ちのぼる湿った熱気。想像するだけで汗が吹きだしそうだ。
「――二人とも、お熱いことで」
イナリが振りかえると、そこには首からタオルを下げた坊主頭の男子が立っていた。スポーツ選手としては、身長は高くはない。男子高校生の平均くらいだろう。直兎に対しては、少しだけ見上げる形になる。
「ナオトと……イナリちゃん、だっけ。二人は付きあってんの?」
「い、一ノ瀬先輩! なんすか急に」
「いや、だって仲良さそうじゃね?」
顔を真っ赤にするイナリを横目で見ると、一ノ瀬はにやにやしながら、坊主頭をかいた。
イナリの姿は、本来、人間には視えない。そのままでは不都合があるので、せめて学校関係者だけにでも視えるように、すずめが処置を施していた。さすがに無差別にゲ○こんにゃくを食べさせるわけにもいかない。
「イナリちゃんって、転校生なんだろ?」
「そ、そうどすけど……?」
「その割には、ずいぶんナオトと仲良くなるの早いじゃん? もともとの知りあいかなんか?」
「え、あ、いや……」
「それはまあ……中二のときの修学旅行先で、会ったんすよ。で、たまたまイナリが祝部に転校してきたんで」
一ノ瀬は訝しげな顔をする。
「……たまたま? そんなん、たまたま起こることか? ここらの修学旅行先っつったら、だいたい古都あたりだろ」
「そっすね、先輩も修学旅行で行ったかもしんないすけど、高矢稲荷神社で会ったんすよ。イナリももともとその近くに住んでたみたいで」
「ふうん……? 高矢稲荷っつーと、あれか、千本鳥居で有名な……古都の神社か。そっから、この出雲県に……ね」
一ノ瀬はガリガリと頭をかいた。
「イナリちゃんって、親戚がこっちにいたり、親の仕事の都合とかで出雲に来たの?」
イナリはどきり、とした。
「そ、そういうわけでは……ないん、どすけど……」
だが、器用に嘘をつくような頭の回転力はない。
「まさかとは思うけど……もしかしてイナリちゃん、ナオトを追って出雲県に来た、とか?」
「え、えぇええ! そ、そんなことはっ」
図星すぎて大声を出すことしかできない。
「あははっ! まさか、だよ。そんなドラマみてーなこと、あるわけないよなっ」
一ノ瀬は腹を抱えて笑った。
「そ、そうっすよ先輩! わざわざ俺なんかのために、こんな遠くにくるわけないじゃないっすか!」
「そ、それは……」
その通りなんどす、と、喉元まで出かかったが、イナリには続けることはできなかった。
「はははっ……すまん、ちと笑いすぎた。二人ともごめんな」
一ノ瀬は折れた体を戻して、涙目を拭いた。
「ナオトさあ、決勝のことなんだけど」
一ノ瀬は真剣な表情で、汗を拭って続けた。一ノ瀬は、キャプテンの高島と同じ三年生。直兎とはジュニアユース時代からのチームメイトだ。
つまり、一ノ瀬にとって今大会が、高校生として最後になる。
「おまえ、前半のスタメン決まっただろ。後半は足の具合みながらってことにはなってるけど。俺はトップ下。で、ナオトはストライカー。準決勝でケガしてることは、相手の宍道大淞南にも伝わってるだろうから、開始早々いきなり度肝抜いてやろうぜ。俺がナオトにお膳立てしてやっからよ。まさかそこまで動けるなんて思っちゃないだろうから、絶対、マーク手薄だぜ」
「オッケーっす、先輩。俺も、自分がやるべきことはわかってるつもりっすから」
「おまえ、高島――キャプテンとも約束してんだろ。絶対に全国連れてく、ってよ」
一ノ瀬が眉間にシワを寄せた。
「思いあがんなよ?」
「……え?」
「サッカーは少なくともイレブンの競技。フィールド上の数だけでも。ベンチ入りを含めればさらにいるだろ。視野、広く持てよ」
「……うっす!」
――二度と、同じ失敗は繰りかえさない。
決意した直兎のまっすぐな瞳に、一ノ瀬は頬を緩めた。
「よし、絶対勝つぞ」
一ノ瀬が、直兎の首を腕で引きよせる。
「彼女、とも仲良くな」
「なっ……」
耳打ちして、一ノ瀬は踵を返した。涼しい顔で、離れた場所でストレッチを始める。
「……ナオトさ……ナオト? 顔真っ赤やけど、どないしたん?」
気づけば、イナリが見上げていた。
「な、なんでもねえよ。気にすんな」
「気になりますぅっ!」
珍しく強気なイナリに言いよられながらも、直兎の脳裡にはすずめの顔がよぎった。
(おととい告白したばっかりで、俺はなにを舞いあがってんだ……)
うるうると、見上げてくる眼に、鼓動が早くなる。
直兎にはわかっている。
これは、イナリに対する恋心なのだと。
しかし、納得できないのは、自分の軽薄さだった。




