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リミッターなんてない

 学校から帰って、多少の神事をこなして時刻は十九時。夜の帳が下りた神社で、すずめは冷たい手をこすり合わせながら、境内を掃いた箒を片付け、授与所の鍵をかける。


 いつもの仕事をこなしながらも、頭にもんもんと湧きでるのは、昼間にあったイナリと直兎のやりとりだった。


 覚えた違和感。


 イナリが直兎の体に触れたとき。


 そして、イナリと直兎の唇が触れたとき。


(なんなの、これ……)


 ただでさえ疲れがたまっているのに、そのことを考えると、なおさら頭が重たく感じる。かつて覚えたことのない、言いしれぬ、違和感。


 直兎の足は、完治とみてよかった。五限が終わって、かかりつけの医者に診てもらったようだが、腫れも引いていて、無理をしなければ練習に参加してもよいとの判断だった。すずめがイナリに託した治癒力は強めに設定していたので当然ではある。サッカー部の顧問も、完全復帰とはみなさないまでも、決勝戦のスタメン起用は考えていることだろう。


 イナリはまだ学校にいる。サッカー部の雑用をこなすと言って聞かないので、七限が終わってから、放置して帰ってきた。イナリは少なくとも見た目はいいから、サッカー部の連中の士気も上がっているらしい。中身はポンコツなので、マネージャー業ができるかは甚だ心配だったが、もはや知ったことではない、とすずめは思った。


 ずきり、と、笑顔でイナリに接する直兎の顔を想像すると、胸が痛む。


 ――と、スマホの通知音が聴こえた。


 すずめは、袂に入れていたスマホを取りだして確認する。


『おつかれっ! お母さんがたくさん煮物作ったから、これから持ってくね! おにぎりもあるから、ご飯作らなくていいよっ!』


 アカリからのMINEだった。ジト目でガッツポーズを決めるだるネコのスタンプが添えられている。どうやら演劇部の活動を終えて帰宅したようだ。今日は放課後に会う約束をしていない。すずめに気を遣ってくれているのだ。


 すずめの眼が少しだけ潤んだ。


 猪突猛進で、いつもすずめを振りまわすアカリ。


 すずめのファン一号にして世界一のファンと豪語してやまないアカリ。


 そして、すずめと契約したアカリ。


 すずめが玉依家の役儀を引きついでから、二人三脚で、能力(ちから)を持つものたちとして奮闘してきた。すずめはその宿命にうんざりした顔を見せることはあるが、アカリはいつも笑っている。


 アカリを救ったはずのすずめは、実は逆に救われている。


「――今日はもうお守りは買えないですかねぇ?」


 授与所を背にしたすずめに、声をかける人影があった。


(お守りは買うものじゃなくて、授与されるものだよ)


 と、突っこみたい衝動を押さえて、すずめが振りかえる。


「こんばんは~。どんなお願いのお守りですかぁ? まだお渡しできますよぉ?」


 営業的なスマイルと声に切りかえて、すずめがプロ根性を発揮する。


 視線の先にいたのは、スーツ姿の男だった。鳥居からわずか数歩踏み込んだ位置にいて、すずめとは二十メートルは離れている。心もとない灯りの中、短髪で痩せぎすの男と見てとれた。直兎とまではいかないものの、身長は高く、手足が異様に長い。よれたネクタイに、くたびれたジャケット。エリート商社マンではない。


「どんなお願い……そうだなぁ? お嬢さんはなにがいいと思います?」


 離れていて、しかもうつむき加減なので、表情は読みとれない。声は平板だ。


「そうですね~、お客様には――」


 すずめは、左脚に偏っていた重心を正中線に戻すために、右の草履を滑らせた。石畳と砂利が擦れあう音が、闇の静謐に突きささる。


「――厄除、がいいと思うけど」


 すずめは言葉の温度を下げた。


「厄除ぇ? あたし、そんなにツイてないように見えますかねえ?」


 ようやく上げられたその(おもて)には、鼻尖(びせん)側にズレた眼鏡と、つり上がった口角があった。


「ツイてるかツイてないかは、これから調べないとわからないかな」


「ひゃはっ、これはこれは、なかなかの口上」


「賛辞は一銭にもならないからいらない。御用は?」


「ずいぶんお忙しいようで。少しはお(はなし)(たの)しみませんかぁ、(かんなぎ)さん」


「あいにく満員御礼。お寺さんみたいに法話のひとつでも聴かせてあげたいところだけど、他の氏子さんたちと不公平になっちゃうから、今日は控えるよ。ウチは神道だしね」


「つれないなあ、聴かせてくださいよ、有難いお話」


 にやにやと、こけた頬に貼りつく笑み。


 男に余裕を感じる一方で、すずめには余裕がなかった。


「いいから本題入れよヒョロ眼鏡」


 合理的な策を度外視して、意地だけに後押しされたすずめが言いはなつと、男の嘲るような笑みが深くなる。


「ひゃははっ、いいですね、いいですねえぇその感じ。歳と釣りあわない鼻っ柱の強い感じがそそりますねえ」


「キミの趣味なんか訊いてないよ」


「どうして予知できなかったんだろう、しかも、ひとりのときに最悪だ――そう思ってるでしょぉお?」


「……え?」


 図星のすずめは、後ずさりたい衝動を抑えた。


「手抜かりですよぉ、それじゃあ。予知だけに頼ってちゃあいけません。こういうことも起こるんだって心してないと、命がいくらあっても足りませんよぉ?」


「……キミは、なにしにきたんだ」


 ひひひ、と、男の声帯が呼気を切りきざんだ。


「それを訊くのは野暮ですよねぇえええ――!」


 声を荒らげると、男が両腕を前に突きだした。


 出現する光の文様。


 男の下卑た顔と、境内の木々に光が殺到する。


 文様は身の丈の大きさ。火花のような光をほとばしらせながら、激しく振動している。苛烈な異物の出現に、大気の密度は摂理を外れ、景色を大きく歪ませた。


「五芒星――?」


 すずめは文様の形に驚きながらも、ひそかに祓詞を奏上し、整えていた神力を掌にみなぎらせる。


 男の目の前に出現した五芒星から、すずめに向かって光が伸びた。


「ダメですよぉ、ふたり揃う前にけしかけちゃぁ!」


 光が杭になって、すずめに襲いかかる。


「――くっ――〈百八十縫之白盾(モモアマリヤソヌイ)〉!」


 急造した光の盾で杭を受けとめるが、衝撃があまりにも大きい。


 苦肉の策。神力をさらに振りしぼって、すずめは杭を受けきった。


 行き場を失った光は暴風となって、小さな神社で荒れくるう。


 髪留めは吹きとび、白衣の裾は袴からちぎれるように飛びだした。衝撃に耐えきれずに、すずめは背後に倒れこむ。


「こいつ……ただのはぐれ神じゃない……?」


 今まで相手にしたことのある半端者とは一線を画している。その辺に祀られている土地神とはレベルが違う。


「だいぶ焦りましたねぇ? 見誤りましたよねえ今? そんな調子じゃあ話になりませんよ?」


「……くそっ」


 すずめは歯噛みする。いちいちこちらの思考を読んだかのような口ぶりにいらだちを覚える。


 すずめは体を起こし、息を整えた。右手をついて、立ちあがる。


 いくら深呼吸しても、視界はぼやけ、足元はふらつく。


 すずめひとりで神力を絞りだすのは、あまりにも負荷が大きい。


(アカリのこと、待ってればよかったかな……)


 思ったが、すでに遅い。


「――遠慮はしませんよぉお?」


 五芒星が男の体に吸収され、男の体そのものがまばゆく光った。びりびり、と、大気が疎密な奔流になってすずめの体を震わせてくる。


 男の背後から、光の帯が無数に飛びだした。うねうねとくゆるそれは、まるで軟体動物の触手のように、夜気の中を泳いでいる。街灯よりも高く伸びると、先端がゆらり、とすずめに向いた。


「本当ならこのまま刺したいところですけどねえ? そうもいかない事情がこちらにもありまして」


 言いおわる前に、帯がすずめに奔る。


 すずめは残った神力で地面を蹴りあげたが、すぐに捕捉された。


「……うぅ」


 左足を帯で捕らえられ、すずめは宙づりになる。


「ひとりだと、こんなものですかねえ? 少々味気ないですが」


「……目的、教えてよ」


「それはあたしの口からは話せませんねえ」


「……じゃあ、誰の口からなら聞けるわけ?」


「ひゃはは、それもあたしの口からは」


「役に立たないな、このヒョロ眼鏡」


 ぎり、と左足を捕らえる力が強くなり、すずめの顔が苦悶で歪んだ。


「あたしにも、人並みに血気(けっき)ってものがありましてねえ。ましてや年端もいかない子どもに味のある口上を並べられるのは、心地いいもんじゃあないんですよぉ?」


「ボクをどうするつもり?」


「さて、どうしましょうかねえ?」


「禅問答は嫌いなんだよ。時間の無駄だから。いい加減怒るよ?」


 男が乾いた笑いをもらす。


「怒る? 怒る、と? それでどうにかなるんですか? あなたひとりで」


 ここまではあながち間違ってはいなかった。


 ただ、次の言葉は、口に出してはいけないものだった。


「眷属なしでは、これで手打ちでしょう?」


「……今なんて言った?」


 すずめが目を閉じる。


「ええ? これで手打ちでしょう、と」


「それじゃない、その前」


「ああ。眷属なしでは、ですか?」


「それ――ボクの聞き間違いならよかったね」


「……え?」


「眷属? 眷属だって? 安易に言うなよ、このゴミクズ。アカリはボクの親友、だ」


 リミッターを外した、すずめの体がにわかに発光する。


 朱い光だ。男の体から放たれる光など比ではない。男の光を、粉雪を飲み込む水流のように消しさっていく。


「なっ……!」


 男の理解が追いつくまで、すずめの怒りは待ってくれなかった。


「消しとべヒョロ眼鏡――!」


 すずめを縛りあげていた帯を、朱い光が、導火線をほとばしる火花のようにつたって男を貫く。叫びをあげる全身を蹂躙し、やがて、こともなげに霧散した。


 宙づりにしていた力が消え、すずめが落下する。


「うわっ」


 ギリギリで神力を放ったが、衝撃は吸収しきれず、困憊した体に頭痛がプラスされた。


「……疲れた」


 ため息をついて鳥居の方を見やると、スーツ姿の男が倒れこんでいた。


「なんだよもう、憑物(つきもの)か。結構面倒な相手みたいだなあ……嫌だなあ……」


 すずめも、仰向けで石畳に寝転がる。


 星は見えない。


 神力を絞りだした反動で、全身は火照り、関節という関節がきしんでいる。吐く息は白く、闇に吸いこまれていく。


「今日はダンスレッスンできないなあ、これ」


 ぼやくすずめの耳に、足音が聴こえた。


「――なんで寝てるの? それに、鳥居のそばのおっさんは誰?」


 アカリの顔が、すずめをのぞき込んできた。

ようやくバトル要素が出ました。

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