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きゃっきゃうふふ

 湯船に浸かり、ようやく人心地つく。多忙なすずめの、数少ないリラックスタイムだった。浴室に入った直後は寒さで鳥肌が立ったが、温かい湯船を開放していたことで、少しずつ浴室内の温度が上がってきている。


 天井にある時代遅れの白熱灯は湯気を浮かびあがらせていて、今にも雫を滴らせそうに結露している。


 久々に替えたシャンプーは、ラベンダーのいい香りがした。すずめの白い肌はお湯で温められたことでほんのり桜色だ。


 大きく息を吸いこむ。へその下――丹田に近い位置で組んだ両手が、吸いこんだ空気と一緒に前に押しだされた。息をゆっくりと吐く。


 組んだ手を離すと、刻み込まれた灰色の痣――神紋(しんもん)が露出する。万華鏡の側面に描かれた紋章と同じ形。杵築稲荷神社特有の神紋。玉依家が伝統的に守りつづけてきたものだ。


 普通の人間にはない痣。すずめの視線の先にはたしかにその神紋があったが、すずめにとっては黒子(ほくろ)と同じような存在でしかなく、意識にとどまるはずもない。



(まさかナオトにこんな目に遭わされるなんて……)



 湯船に顔を沈めた。ぶくりぶくり、と呼気が泡になって、頬を滑って水面に弾けでる。頭の芯に、まだしびれが残っているような感じがあるからか、どうにも考えがうまくまとまらない。



(しかも、なんでボクはあんなに動揺したんだ? いや……今も正直、動揺は収まってない気がする。恋愛なんてボクには縁のない話だし、これからもそんなの変わらないじゃないか)



 お湯を両手ですくって、ぱしゃり、と顔にかけた。


(でも……ボクの心は男の子なのか……女の子か……どっちなんだろう? 可愛いものが好きだけど、女の子の姿をしているのは血筋を守って、神力を高めるため……それだけだし。清潔感がなくて野蛮な男は嫌いで……やっぱり可愛らしい女の子のほうが一緒にいたいと思うんだよなあ……そうすると、ボクの心は男の子……?)


 頬に載っていた水滴が、ぽたりと湯船に落ちて、波紋を作った。



(そうか……今まで遭遇したことのないような状況に、動揺したんだな。それに、ナオトはボクと同じ男だし。女子更衣室での着替えも恥ずかしいし。まともに考えようとしたら混乱するのも当たり前だよね)



 すずめの中で、答えが見えた。


 恋愛の対象にはない、同性からのアプローチ。そして急激な接近。これは抵抗感だ。間違いない。


 直兎に抱きしめられたときに高鳴った鼓動は、きっと母の抱擁を思いだしたからだ。


 母にかけられた愛情は確かに胸のうちにある。温かさと安心感。母の肌は絹のようで、いつもお風呂上がりのような、ボディーソープの香りがした。


 ようやく理屈が整って、肩の力が抜けた。



「――やっほーリラックスしてるー?」


「うわああぁあぁぁああ」



 四畳ほどのスペースしかない浴室の戸がばーんと開いて、どーんとアカリが乗りこんできた。一応、大判バスタオルを使って、胸元から下を覆いかくしている。とは言え、健康的な太ももは露わで、すずめは目のやり場に困った。


 慌ててすずめは、頭に載せていたタオルを湯船に突っこみ、下半身を覆いかくした。


 女体に動揺した自分に、少し安心感を覚える。


「あれ、すずめ照れてるっ?」


「あのね……ボクは男! 男に嫁入り前の女の子が裸に近いなにかを見せびらかすとかどうかしてるよ?」


 アカリがアーハン、と肩をすくめた。


「アタシの中ですずめは女の子だからノーカウント」


「頭沸かすなこのファッキンスカタンが。っていうかもう十二時過ぎてるし。さっき帰ったはずでしょ」


「ああ、大丈夫。お母さんに、今日はカズネの家に泊まるって伝えたから」


 アカリはさも当然のようにバスチェアに腰掛けて、シャワーの蛇口をひねった。水流が湯気をくゆらせながら、アカリの髪の毛を包んでいく。


「カズネの家って……もしかしてまた嘘? で、まさか今日ウチに泊まるつもり……? って、それはさておき……おじさんには伝えたの?」


「あーあったかいぃいいい! え、お父さん? あんなヤツにアタシから連絡するわけないじゃん。泊まっていいよ、なんて言うわけないしあんなクソ親父っ。お母さんに丸めこんでもらうしか方法ないよ」


「クソでもカスでもいいけど、カズネの家にまで連絡して確かめられたらマズいでしょ? おじさんなら、やりかねない気がする」


「カズネにMINE送っておいたから大丈夫だよ。ぬかりなしっ」


 アカリはシャンプーで頭をワシワシ洗いながらまくし立てた。


 すずめはため息をついた。


 アカリの行動力は爆発的だ。暴走とも言える。



(昔はこんなんじゃなかったのになあ……)


 無常感が漂う。



(でも、もしかしたらアカリなりにボクを心配してくれてるのかな……?)


 ここのところフラフラなすずめの様子を、そばで見守りたいという思惑を感じないでもない。すずめのマネージャーとしての行動かもしれない。


「ねえねえ、すずめ」


 トリートメントまで終えたアカリが、お湯を含んだショートボブを手で絞りながら訊いた。どこか神妙な面持ちだ。


「そのおっぱい、どのくらい膨らませられるようになった?」


「……アカリはそろそろお祓いをしたほうがいいかもわからんね。魂になにか不純物が混じったとしか思えない。それこそはぐれ神が混ざったんじゃないの今度は」


「ねえねえ、見せて見せて。腰とお尻も合わせてぼんきゅぼんってできるようになった?」


「確かめてないからわかんないよそんなのっ!」


「今やって見せてよ」


「嫌だ」


「いいじゃない、ねえっ?」


「嫌だ!」


「おーねーがーいーみーせーてー!」


 すずめの耳がキーンとなる。


「うるさいなあもう……嫌だって言ったら嫌なんだよっ」


「もっと騒ぐよっ? ねえ、もっと騒いじゃうよっ? カラオケ並みに無双しちゃうよ?」


(ダメだコイツ……)


 すずめは観念して、祓詞をつぶやきはじめた。アカリが湯船に浸かるすずめの胸を凝視する。


「……? 膨らまないね?」


 奏上し終えたにもかかわらず、まな板は隆起しない。



「ぅうううう……はぁあああ……あぁぁああ……!」



「あ、なんかそれ戦闘力上がる感じのやつっ?」



「ぁあああああ……!」



 顔を真っ赤にしてすずめが力むと、その胸がぴくり、と反応した。


「おぉおおお~……ぉ?」


 アカリが待ってましたとばかりに目を輝かせたが、胸は即、膨らむのを自重する。


 そのサイズは第二次性徴が始まったばかりの際どいライン。下着が似合わないレベル。


「……え? ……え……ギャグ?」


「ホ・ン・キだよこのクソムシがっ!」


「んーざんねんだなあっ。ゴリゴリしたすずめの胸は大好きだけど、たまにはフカフカのにも埋めてみたかったんだけどなあっ?」


「帰れ! 自分の巣に帰れっ!」


 すずめは顔を真っ赤にしたまま、ばしゃばしゃと、湯船のお湯をアカリに浴びせる。アカリはきゃっきゃうふふしている。海水浴場でひと夏の思い出を作っているカップルのようだ。



「――ウチも混ぜとくれやす!」


 浴室の戸がすぱーんと開いてシャキーンとイナリが登場した。



「二人だけで楽しむなんていけずどす!」


 素っ裸だ。


 そろそろ収穫されそうな、二玉のスイカが揺れている。



「入ってくるなあぁあああ!」


「ひとりは嫌どすぅううう」


「おぉっ、アタシも自分を解きはなつよっ!」


 アカリが立ち、自分のタオルを引っぺがした。


 すずめの目の前に、アカリの股間が出現した。すずめと同じく、丹田にある、玉依家の神紋が鼻にくっつきそうになる。



「――若いっていいなあ! おじさんも混ぜてよ!」


 ゾウさんをぶら下げた高杯が、仁王立ちで現れた。



「すずめちゃんと一緒に入るなんて何年ぶりかなぁ! あの頃はまだすず――」


 言いおわる前に、顔面に光球をめり込ませた高杯は夜空の星になった。


 曇天で見えなかったが。

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