イナリさまは巫女(♂)だのみ!
「男の娘」「巫女」「バトル」「アイドル」要素を詰めこみました。
文庫本1冊300Pほどの分量。
描き下ろし済の作品です。コンスタントに投稿します。
紅や黄色の木々につつまれた、古都の雨は冷たかった。
大社の拝殿へと続く朱い鳥居のそばに、狐の石像が鎮座している。
観光客が蟻の群れのように行きかう中、地雨にかすむ鳥居に背中をあずけ、傘も差さずに立ちつくす少女の姿があった。
淡い紫色の長髪は、雨滴をすって体の線に沿っている。いつもは揚々と舞う羽衣も、今の主のようにシナシナだ。白衣と袴は、鉛のように重くなっている。
二千年以上も前から自分が祀られている神社なのに、自身の存在は、まるで水に油を垂らしたかのようになじまない。
「――傘もささねーで、なにしてんのおまえ」
少女が顔を上げると、他の観光客が素通りしていく中、詰め襟の少年が怪訝そうにのぞきこんでいた。
「……ウチが視えるんどすか?」
(――人間から一方的に声をかけられたのは、何十年ぶりやろ……?)
「雨の中ノーガードで縮こまってる奴なんて、目立ちまくりだろ」
問われた少年の表情は、少女に対する怪訝の色をさらに濃くしただけだ。
「……言葉まで通じるんや。不思議な子やなあ」
「調子悪いのか? 誰か呼んでくっか?」
「だいじおへん。ほっぽいといておくれやす」
「だいじ……? 大丈夫ってことか? おまえさ、大丈夫だったらこんなとこでテンション下げてんのはおすすめしねーぞ? 無視して通りすぎたら寝覚め悪くなるし」
「そやから、ふつーの人には視えへんのやって……」
「ネガティブオーラで気配消してるつもりかもしんねえけど、めっちゃ目立ってるぞ」
「……やっぱり、話通じとらんと違うかこれ」
(あれ、ウチ、なにに悩んどったんやっけ……?)
「とりあえず、体は大丈夫なんだな?」
少年がぐいっ、と顔を近づける。少女の背筋はピンと伸びた。
「そ、そやから、もう行きなはれ。あんさん、修学旅行とかいうやつでっしゃろ。今日の天照さまはいけずやけど……楽しんでえな」
笑顔を作ろうとしても、頬に力が入らない。
「――ナオト、なにしてる! ボクをいつまで待たせる気っ?」
石畳の向こうから、女の子の声が響いてきた。
よく通る声とは不釣りあいの、腰まではあろうか、長い黒髪の眠たそうな眼。そしてその隣には、ショートボブで、快活そうな相貌を持つ女の子が立ち、こちらを見ている。
眠たそうな眼の女の子はふと下を向いたかと思うと、目をつむり、胸のあたりで両手を合わせ、なにかをつぶやいた。
その隣にいたショートボブの子の手に、光の球が浮かびあがる。
「えいっ」
にわかに生じた光球が、こちらに向かって放りなげられた。
「――ぅごっ!」
振りかえった少年の顔面に、雨を無視して空を切りさいた光球が炸裂する。
(あれは……神力……? 今どき使いこなす人間は珍しいなぁ……)
「い、いてぇ……アイツ、またなにかやりやがった」
「なにかって……まさか、あんさん、視えとらんの……?」
「あぁ……? なにがだよ……くそ、痛ぇ」
(不思議な子やな……ウチのことは視えるのになあ)
「まあいいや……ほら!」
「……え?」
少年がいきなり、自分が持っていた傘を握らせた。
あたたかい手が触れて、心臓が跳ねあがった。
「な、なにしとんのっ? あきまへん! あんさんが風邪ひいてまう!」
「あとこれ! はやいとこ着替えに行けよ、いいな?」
しわくちゃのタオルと、ベージュ色のカサカサした包みを押しつけてくる。
「あきまへんって!」
押しかえす暇もなく、雨の中へ、少年が走りだした。
「名前……名前! 教えとくれやす!」
「――因幡! 因幡直兎だ! もう会うこともねーと思うけどな! 早く着替えろよ!」
胸は高鳴り、頬が熱くなっていた。
それは生まれてはじめての感覚だった。
血がのぼってぼーっとしている頭で、ベージュ色の包装――なにかの駄菓子の包みを開けて、ほおばる。
(不思議な子らやったな……)
さくさくとした歯触りを感じながら、制服の襟に、『中』と刻まれた校章があったな、と、ふと思いだしていた。
(因幡、直兎……)
その気持ちに向きあえるのは、二年後のことになる。