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マリアという女  作者: 有羽妃
3/6

カノジョ

そのとき、キーッとブレーキ音がひびいた。

家のまえで自転車を飛び降りる瞬のすがたが、目に入る。


「あ。噂をすれば」

「あら、いけない。たっちゃん、わたしが部屋に居たの、内緒ね」


ほそく白いひとさし指を立てて、すばやく花織さんは半透明のガラスのむこうに消えた。


玄関に向かう途中でこちらに気づいた瞬に、手を振り返してから。

今度こそ、取りだした煙草に火をつける。

買い物がえりの花織さんとも同じように目が合って、ずいぶんと一服にたどりつくのが遅くなってしまった。


じっとしてるだけで滲む汗に、ゆるい風が心地いい。

どこかで、海猫と茅蜩がなきごえを闘わせている。


除湿をかけた部屋のなかは、澄んで静かだ。

ベッドとオーディオデッキだけの六畳には、地元の波用にシェイプされた傷だらけのサーフボードが、ここ二週間ほど横たわったままになっている。


去年は、お互いの大学がなつやすみになったとたん、それを担いで日の出の海岸に通ったけれど。

花織さんの察しどおり、近ごろ恋人のできた瞬には、俺とあそんでる暇なんかないらしい。


瞬のカノジョのなまえは、マリアという。

音でしか聞いたことがないから、どんな表記なのか、本名かどうかも俺は知らない。


ちょうど、一週間ほどまえのよく晴れた日。

そう呼ばれるおんなと、瞬が海辺を歩いているのを見かけた。


あかるい色の髪と、俺に負けないくらいに焼けた肌の、ローライズが似合う華やかな子で。

折れそうな腕を絡められた男が、放っておけない気持ちになるのも無理はない。


「た、つ、や」


ガラリと、大開きになった窓のむこうから、花織さんによく似た、やわらかな笑顔があらわれる。


「よお。ひさしぶり」

「そんなとこで、何してんの?」

「海見ながら」


ご覧のとおり、と煙草をかかげると、瞬はムッと眉をしかめた。


「そんなもん吸ってると、肺が真っ黒になるんだからな」

「だれかと同じこと言ってるし」


吹きだした俺をふしぎそうに見たのは一瞬で。

すぐに、アッと叫んだ。


「また、母さんここに居ただろ?」

「ノーコメント」

「たく。世間話は近所のおばさんらとしろってェの。つき合わせてごめんな、竜哉」


なにも迷惑は被っちゃいないと、俺は笑ったまま首をふった。


「おまえが、じぶんでパンツ買うようになったって、嘆いてたぜ」

「え?」


ぽっ、と染めた頬は、まるで初な中学生だ。


「……竜哉は、いつから買ってた?」

「さあ。中学くらいじゃねーの」

「ほら、六年、七年遅れ? 嘆くなら、むしろじぶんの息子の成長のノロさだよなァ」


ちょっと照れくさそうに笑う。

こんな瞬に恋人ができたと聞いて、相手はかなり積極的な子だろうとは、おもっていた。


「花織さんには、カノジョができたって内緒なのか」

「そんなの、あらためて母親に話すもん?」

「俺にきくなよ」


苦笑でかえすと、瞬はとたんに情けない顔になる。

こういうところは、さすが親子だ。



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