7 名前だけでもぜひ覚えて帰ってください
日がかろうじて地平線より上にある。
そして、その赤い光が照らし出す巨大な門の前で立ち尽くしていた。
サラの母から紹介されたエンドリケリ商店のマダム・エンドリケリの館である、はずである。
あまりに巨大すぎるのか、高い壁の奥にも館はよく見えない。
門柱の横には人が一人座れる程度の小屋がある。
その中から恐ろしい顔の男が二人を見ていた。
団子のようにつぶれた鼻と、小さいものの鋭い眼光。
そして、今にも服を突き破らんとする頑強そうな筋肉は巨大化したブルドックを思わせる。
ちらちらとそちらに注意をやりながらリィネがつぶやいた。
「これってどうやって入るん?」
「この壁上ってみるか?」
いつものように軽口を叩く。
しかし、リィネの視線はロクドーには向かない。
「冗談です。この馬鹿兄貴の冗談ですから、その顔やめてください。ホント怖い」
リィネはロクドーの後ろに隠れた。
ロクドーがそちらを見やると、男がおもむろに立ち上がる。
その偉丈夫っぷりは大したもので、高いとは言えないが、普通の人であれば余裕のあるはずの高さの天井すれすれに頭がある。
そして、体を傾けながら小屋から出てきた。
「あ、冗談ですから。イッツジョーク。OK? おい、リィネ、押すな!」
男が近づく。
ロクドーは満面の引きつり笑いを浮かべながら、二、三歩後ずさった。
「そんなにおびえないでください。私別に怒ってませんから」
男の顔がズズイと近づいた。
額に汗を浮かべ眉を思いっきりハの字にしている。
きっと言葉通りに怒りなど一切ないのだろう。
しかし、言葉とは裏腹に威圧感しかない。
その腹の腑まで響く声は、三歳児くらいまでなら簡単に気絶させられるだろう。
「おい、リィネ。まっすぐ後ろに歩くぞ。いいか、目を逸らすなよ」
「いえ、野犬ではありませんから」
「に、兄ちゃん。一か八か死んだふりだよ」
「熊でもありません」
「バカ、ゴリラに死んだふりが効くか!」
「ゴリラでもありませんから。泣きますよ」
男は、ひっしと取り繕う
「お二人はリングリンセン様からご紹介いただいた方ですよね」
「誰?」
「サラさんの母上だよ」
ロクドーは、男に向かって立ち直る。
「えぇ、そうです。ロクドー・クリスウォードです。こっちが妹のリィネ。つか、ご紹介いただいたのは私達なんですが……」
ロクドーがすべてを言い切る前にズイと男が二人に顔を寄せた。
「中にお連れ致します。私、ここの守備隊長をしております、トリマ・ドログラフと申します。名前だけでもぜひ覚えて帰ってください」
「芸人かよ。つかすいません。顔近づけないでください。ホント怖い」
ロクドーはトリマと出来るだけ距離を開けながら、その後ろをついて門をくぐった。
色鮮やかな花や植物がきれいに剪定された庭を抜けると現れたのは城と見まがう館であった。
恐らく素晴らしいのであろう装飾の施された巨大な城の扉の前で三人は立ち止った。
「トリマです。クリスウォード様お二人をお連れ致しました」
言い終わると同時に巨大な扉が開いた。
魔導回路でも使っているのだろうか。
自動で空いたように感じる。
中は赤のじゅうたんが延々と敷き詰められており、壁にはたぶん名画や、きっと名彫刻が飾られている。
しかし、それよりもロクドーの目を引いたのは三人の前でお辞儀をしているメイド達であった。
数拍を行いて全員が同時に頭を上げた。
全員若い。そして、均整の取れた顔をしている。
全員が違う顔をしているのだが、なぜか共通項があるような気がして、ロクドーは少し気味が悪くなった。
そんなロクドーの思考など、彼女たちには無関係である。
長い黒髪のメイドが一人、一歩前に進み出た。
「いらっしゃいませ。ロクドー様、リィネ様。主人がお二人をお待ちしております。誠に申し訳ありませんが、ご足労願います」
そういうと、メイド達が道を開ける。
そして、黒長髪のメイドが歩き出した。ついて来いということだと気が付くと、ロクドーは歩き始める。
そこは、やはり大豪邸であった。
毛長のカーテンの上には、吐き捨てられたガムなど当然ないし、漆喰の壁にはシミ一つない。
廊下に飾られた生け花は、瑞々しく咲き誇っていた。
リィネが姑チックに窓枠を指で擦っていたが、埃の一欠片も舞わなかった。
「こちらでございます」
長黒髪のメイドはわずかに頭を下げる。
そして、扉をノックした。
「マダム。お二方をお連れ致しました」
「入りなさい」
中から意志の強そうな声が聞こえた。
ドアノブを回すと、きしみ等の一切の異音がせずに扉が開いた。
「ロクドー様とリィネ様です」
黒長髪のメイドはそれだけ言うと、頭を下げ退いていく。
次回は水曜8時くらいに更新予定です