6 お前の脳内の欲の比率
学校を出ると日が傾き始めていた。
やけに鼻に残る乾燥した土煙の匂いをフンと吹き出すロクドーは、やっと午睡終焉の淵に立ったリィネに目をやった。
「ふぁ、ここどこなん?」
リィネは寝ぼけた目をこする。
「アランは?」
「あのバカが長いこと座ってられるか。当の昔に撤退したよ」
さて、とロクドーは一息吐く。
それに合わせるようにリィネは大あくびを一つ。
「今日はどうするん?」
「そうだな、とりあえず今日の宿だな。明日はどっか住めるところ探すか」
そう言うと布袋を握りしめる。
先ほどまで、夢と金の詰まっていた。
が、今は空虚感しか詰まっていない。
「金もなんとかせんといかんね」
リィネが呟いたが、ロクドーの耳には届いていなかった。
その目は「流れの砂亭」にて助けたあの店員の少女が写っていた。
助けてやったにも関わらず、金をむしり取った仲間である。
一言文句を言ってやろうと歩き出したところ、それに気がついたリィネがひしと腕を掴んだ。
「離せ! あんにゃろうに、言ってやらねばならんことがある!」
「い、いや、あの子が悪いわけじゃ、ね? 今日の所は、ね、やることもあるし」
何か歯切れの悪そうなリィネと格闘していると、その騒ぎに気がついたのか、少女と目が合った。
そして、あろうことか満面の笑みでこちらへ寄ってきた。
「さっきはありがとうございました!」
少女は二人の前に立つと、深く頭を下げた。
思っていた反応と違い、少しだけたじろいだ。
が、思い直す。
「いやいや、その件なんですがね? ひどくないですか? 全額俺達に出させるの!」
ずびし、と指を突きつける。
しかし、少女の方は疑問符を浮かべリィネを見た。
「全額?」
「壊れた奴とか、逃げた奴らの飯代とか!」
しかし、それでもピンと来ないように首をかしげた。
「助けてもらったのにお金なんてもらえませんよ。もう一人の女性には払ってもらいましたけど…… お連れの方だったんですか?」
「もう一人の……?」
「はい。マリナさんでしたっけ?」
「へ?」
少女はロクドーの方を不思議そうに眺めていた。
そして、そのロクドーはほおを引きつらせながらリィネの方を向く。
リィネもまた、左口角を引き上げる。
「あ、あれ? そうだったっけ?」
後頭部に手をやり笑い出す。
少女は、それに追い打つように口を開いた。
「そういえば、あそこのクレープどうでした? 私もお小遣い、じゃなくてお給料が入ったときは必ず食べるんですけど、お口に合いました?」
「あ、うん! すごい美味しかったよ! あと、その隣の肉料理屋も美味しかった!」
「えー、あそこも行ったんですか? あそこ高いのにすごい!」
「いやーお金はあったからねー」
キャイノキャイノと笑い合う二人。
しかし、その内の一人が突然停止した。
怖気を感じたのだ。
そして、その金髪をゆっくりかきながらその送信元へ視線を向ける。
目線の先にはその少女の兄がいた。
「我が妹よ。愛するマイシスター。こちらへ」
満面の笑みで微笑みかける兄。
美しい光景であった。
主に的確にこめかみに食い込む指が。
「どこかに安い宿屋はありませんかね? もし、よければ紹介料も払いますので」
「え、あ、いや。あの方は」
少女はこめかみを押さえいまだに唸っている。
「何の問題もありませんから。ほら、サラさんの働いてた、あの食事処に宿屋はついてたりしません?」
店員の少女、サラは申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「昔はやってたんですが、今は…… 少し高いですが、そう言った所のツテなら……」
「そうですか。実は、長期になりそうなので、高い所は……」
「あ、そういえば、うちのママ、じゃなくてオーナーの知り合いに、家を貸してる人がいます! 長いならそっちの方が安いかもしれませんよ?」
なるほど、とロクドーは腕を組んだ。復活したのか、リィネがこめかみを押さえながら口を出す。
「ウチもそっちの方がいいな。飯がまずかったら最悪やし」
「お前の脳内の欲の比率が見てみたいよ」
食欲、睡眠欲は抜群に多いのは間違いない。
性欲が少ないことをロクドーは祈った。
「とりあえず、サラさんのツテを頼ってみようか」