5 ハチドーって私へのあたり強くない?
「あ、いえ調子に乗ってしまったと言いますか。はい、スタートダッシュが決めたくて…… そのサービスって意味もあったんです。そういうのが好きな人多いかなって。はい、相手の気持ちとかは確かに考えてなかったかな、と。あ、あのそんな真顔で気持ち悪いとか言わないでくd。あ、いえ、そうです。僕が全面的に悪いです。はい。言い訳とかではなくてですね。いえ、心の底から申し訳ないと思っています。はい」
薄らと暗い室内。
広い机の前にロクドーは座っていた。
両手は手錠でつながれている。
机の目の前には、眼鏡をかけた一人の男が座っていた。
しかし、専ら話しているのはそのわきに立っている女性である。
茶けた髪を振り乱しまだまだ止まらない女性を、官憲の男は手で制する。
「さて、ロクドーとか言ったかな。とりあえず、相手方は被害届を出さない様だが、一晩くらいはここに泊まってもらうよ」
「え、いえ実は本日、人と会う約束が……」
「なんか言ったかしら?」
「誠心誠意ここで罪を償わせていただきます」
にらみつける女性に対してロクドーが平伏したところで重い音をあげながら扉が開いた。
「あ、ホントにいた。まさか女の子を泣かして捕まるとか…… クリスのことを考えると、私は涙が出てくるよ」
「あん? その声……」
ロクドーは首だけでそちらを向いた。
茶色に近い髪、蒼に近い黒の瞳。
男すら惚れさせるような怪しい色香の男が立っていた。
「お前……」
ロクドーは思わず立ち上がる。
その横には満足げに腹をさするリィネがいた。
「あ、アラン様? なぜここに」
官憲の男が立ち上がるとアランに敬礼をする。
女のほうも、官憲の男になぜ、という視線を送りながら敬礼をした。
アランはそれに答礼すると二人を座らせる。
「そこの ナナドーなんだが」
「ロクドーだ」
「それ、そのロクドーなんだが。すまんな、こいつは私の知り合いの息子なんだ。今度、騎士学校に入学する際に私が推薦してね」
「こ、これの推薦をアラン様が?」
これ呼ばわりに、一瞬腹が立ったが自分の状況を思い出しロクドーはニヘラと笑って見せるだけにしておいた。
「いや、ホント何で推薦引き受けちゃったんだろ」
そう言ってアランはハハハと軽く笑って見せた。
「あの、こちらの方は……」
女官憲は、アランを気にしながら会話の隙に潜り込むように口を開く。
男官憲は、少しこめかみをひきつらせた。
「第三騎士団の副団長アラン・ブロード様だ」
女官憲は、顔をいびつに引きつらせた。
恐らく焦りから笑顔が浮かべられないのだろう。
そんなことを気にしていないアランは、そのふんわりとした笑顔で口を開いた。
「悪いんだけど、そいつ連れて帰れるかな? 私からもきちんと言って聞かせるから」
「え、えぇ。薬物検査をしましたが、問題もありませんでしたし特に被害もありませんでしたから。一応お灸の意味で一晩泊めるつもりでしたが、アラン様がそういうのであれば」
外に出られたロクドーは、なぜか官舎の扉に深々とお辞儀をした。
出入口を固めていた守衛が二度と戻ってくるなよ、と声をかけてきたので、ロクドーはもう一度深々とお辞儀をする。
「何やってんの? 兄ちゃん」
「なんか、これはやっとかないと思って」
そして、ロクドーはアランに向き直る。
「遅ぇよ、てめぇ!!」
「なんだよ、助けに来たじゃん。きちんと」
「うるせぇ! 絶対その辺でグダグダ二人でパフェとか食ってたろ!」
「バレたね。つか、ハチドーって私へのあたり強くない? 年上だよ?」
「ロクドーだ!」
「名前なんて別にいいよ。兄ちゃんのせいで店の弁償とかいろいろ大変だったし。全部金なくなったけんね」
そういうとリィネは金の入っていた袋を放り投げた。
それは一切重みのないひらひらとした飛び方でロクドーの顔に貼り浮いた。
「うそ」
「マジやし。壊れた椅子の弁償とか食べれんかった食事とか、逃げた人の分の飯代とか」
ロクドーはがっくりと肩を落とす。
「まぁ、終わったことは仕方ないさ。金で済むならそれで済ませとけばいいよ」
「つかよ、アラン。知り合いの息子って誰だ?」
「あ~実はめんどくさいから説明してなかったんだけど、ホントはお前ら推薦じゃないから。国から補助金が下りてる施設の子供たちの中で見込みのある奴は騎士学校に入れるって案があってね。ほら、騎士って危ない仕事もやるじゃん? 騎士だからって貴族のドラ息子にもやらせてたんだけどさ。この前ちょっと事故があってさ」
アランは参った参ったと口では言いながらニヘラニヘラと笑う。
「お前たちそのテストケース。説明めんどくさいから、推薦って形にしてるけど」
「え~ウチ、皆にすごい才能があるからやっていってきたのに! めっちゃ恥ずかしいやん!!」
「くっそ、通りで突然てめぇから連絡があった時点で気がつくべきだった!」
「え、何でそんな嫌がるの?」
ロクドーは頭をかきむしる。
「お前だけの考えならいいんだよ! 別に孤児の俺たちの仕事なんて生きるか死ぬかなんだ。騎士の盾なりなんなりでも、仕事で死にゃ金も出るだろうからむしろ上等な死に方だ」
ロクドーはそこでアランを見据える。
「もし失敗しても迷惑かかるのは俺達とお前だけならいい。でも、国も関係してんだろ?」
「そうだよ! アランに役人の思惑どころか、計画なんて理解できるわけないやん!! 絶対なんかあるよ~ 国怖いよ~」
「大丈夫だって。悪いことにはならないって言ってたから。皆いい人達だったよ? 君達の新たな雇用がなんとかって」
「嘘つけ、いやだ。俺達は帰る」
「えー帰るの? まずいなー」
アランは相変わらずヘラヘラと揺れる。
「なんでだよ」
「施設への援助が打ち切りになるんだってさ」
「いい人達は脅したりせんし!」
リィネの声等でアランのペースは崩れない。
「とりあえず、学校に行こう。結構時間がやばい」
「何時だよ?」
ロクドーはポケットから懐中時計を取り出した。時間は三時をまわっている。
「三時に学校」
「過ぎてんじゃねぇか! 走るぞ!」
◆◆◆
えらく広い学校だった。
結局着いたのは、予定時間から三十分ほど過ぎていたが、道に迷ったというアランのごり押しでなんとかその場は収まっていた。
騎士学校の教頭だとかいう禿頭眼鏡の男は神経質そうに何度も額の汗をぬぐっている。
その横で、黒い服装をしたアレックスと名乗った男が、学校の説明をしてくれた。
教師だというが、その油断のない目つきや態度は明らかに異質である。
アランとの様子を見る限り元々は騎士団にいたようで、その雰囲気も納得ができた。
最後にまとめるようにアレックスから促され教頭は、出てもいない汗をぬぐうと口を開いた。
「とりあえず、初めてのケースですからね。君たちは一も二もなく問題を起こさないこと。それができれば御の字でしょう。貴族の皆様に決して迷惑をかけてはいけませんよ」
ロクドーは昼間の事件を詳細に語ってやりたい衝動にかられたが、あまりいいことは起きなさそうなので、満面の笑みでうなずくだけにした。
隣でリィネは、泥舟をこいでいたというのも理由の一つだ。
教頭は渋い顔でリィネを見た後で部屋を後にした。
「質問はあるか?」
アレックスは白目をむいているリィネと、ロクドーにその鋭い視線を向ける。
「寮があると聞いてるんですが、どこでしょう?」
「ん? 申し込みは終わったぞ……」
アレックスの視線が後見人であるアランに向く。
ロクドーもまたそちらを見るとアランは口をパクパクとさせて大量の汗を流し始めた。
「おい、アラン…… まさか」
「いや、あれ? ソレックス、今日ここでやるんじゃないの?」
「アレックスだ。そして違うぞ、アラン。うちの学校は貴族だけだからな。寮などない。二人には必要だろうからと書類を渡したのに持ってこないからあてでもあるのかと思ったぞ。相変わらず、書類をきちんと読まん奴だ」
アレックスはハンッと息を吐いた。
「お前もいい機会だ。あの狭くて小汚い下宿を引き払って三人で済んだらどうだ」
ロクドーはその様子を想像して顔面で苦渋の心境を表す。
その横でアランは目を泳がせていたが、その泳ぎはピタと止まった。
「ドレックス、そして二人とも。あとは学生と教師でやればいいんじゃないかな!」
突然立ち上がると窓に手をかけ思いっきり開く。
そして、さらばだ、と叫びそこから出て行ってしまった。
「ここ三階でしたよね……」
「指揮させても一級品。戦闘させれば特級品。そしてそれ以外はホントからっきしだからな、あいつは」
どうやら、アレックスもアランの適当っぷりに翻弄された一人なのだろう。
ロクドーは、憐みの視線を向ける。
それをさらりとかわすとアレックスは口を開いた。
「さて、お前たちはどうする?」
「えっと、何とかなるんですかね」
「何ともならんよ」
アレックスはさも当然とばかりに書類を整理し始めた。
話は終わり、の意思表示だろう。
「何とかしますよ。ったく」
ロクドーは立ち上がるとリィネの頭を軽く小突いた。
リィネは大あくびをかましロクドーの後についていく。
「では、二人とも四日後が入学式だ。くれぐれも面倒ごとは起こさないように」
ロクドーは、口だけは理解した返事をして部屋を後にした。