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4 忍法究極奥義!

 踏み固められた土の道が続く街路。

 道沿いには宿屋や飲食店街がひしめき合っている。

 レンガ造りや木造など様々だが、どれも丈夫そうである。

 そこを、首の後ろに手を回してリィネは歩いていた。

 そして、その二歩ほど後ろをロクドーはとぼとぼと歩いている。


「まさか…… まさか、登録料に一人一万Rもかかるとは……」

「別に一人でよかったね。うちはそんな働きたくないし。つかズルいよ! うちも何か欲しかった!」


 ロクドーは左腕のついたコートの袖口をひらひらとして見せる。

 ちょうど同じ色合いで同じタイプのコートが安く売っていたので手に入れたのだ。


「一緒に歩くのが恥ずかしいとか言ってたのはお前だろ。とりあえず、落ち着いたらおまえにも買ってやるからガタガタいうな」


 リィネがう~と羨ましそうにうなっていると、後ろから馬のいななきが聞こえた。

 ロクドーはちらと振り返り、道の端による。

 その横を馬車が速足で通り過ぎていった。


「兄ちゃん。肉食いたいんやけど」

「走るお馬さんを見て、肉が食いたいとは、お兄ちゃん、少しお前の食欲が怖いぞ」

「違うっちゃ。そこ見て。おいしそうなハム吊るしてる」


 リィネの指差す先には一軒の居酒屋があった。

 軒先に吊るされた看板代わりのハムは確かにうまそうだ。

 その横に小さく『流れの砂亭』と書いてある。店の名前だろう。


「そうだな。金はあるし、飯にするか」

「まだ昼やけん、酒は飲まんでよ」

「おう、無理だ」


 ロクドーは喉を鳴らしながら開け放たれた扉をくぐる。

 リィネは、文句を言いながらそれに続いた。

 中には五人くらい座ったらいっぱいになるカウンターと、いくつかテーブルがある。


 昼飯時は過ぎたらしく、店の中にはいくつかのグループはあるものの閑散としていた。

 何とも言えないよい香りに思わず頬が緩む。


「さて、なんかおすすめあるかい?」


 中ごろにあった誰もいないテーブルに着座した二人のそばに来た女性にロクドーは声をかける。

 でっぷりと太ったその女性は、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「そうだね、腹減ってるならハムサンドなんかどうだい。それにパスタがついてくるから、腹にたまるだろうよ」


 そういい女性は自分の腹をさすって笑って見せる。


「そいつはいいな。それを二人ぶ……」

「三人前。あと、あそこの人が食っちょる肉の奴ちょうだい。あと、あっちの人が食っちょる奴も」


 女性は、あいまいにうなずくとロクドーに視線を送る。

 その視線の意味するところを理解したロクドーは腰袋に手を入れた。


「金はある。先払いのほうが良けりゃそうするよ。ついでに酒を持ってきてくれ。ビールはあるか?」


 女性に金を渡していると、奥のほうでグラスの割れる音がした。

 そして、怒号。


「酔っ払いみたいやね」

「昼間っから酒飲むとかクズだな、クズ」

「兄ちゃんがいう? それ」


 リィネの冷たい視線をひらひらと手で躱すとそちらに視線を送った。


「おい、俺の言うことが聞けないのか?」

「ちょ、やめてください」


 しつらえの良い服の男が、髪の長い少女の腕をつかんでいる。

 男の方は、だらしない体をしており、顔は神経質なパーツを持ちつつも下卑た相貌をしている。

 年はリィネと一緒か少し上といったところである。

 一方の少女の方は店員の様だ。顔は薄いが器量が良い。

 そして、その顔を険しくさせながら必死になって抵抗していた。

 その周りには、屈強そうな男が二人いる。

 一人は禿頭で筋肉質だ。もう一人は眼光の鋭い髭の男である。

 恐らく男の護衛か従者か何かだろう。


「お客さん、うちはそういう店じゃないんですがね」


 先ほど注文を取りに来たおばさんだった。

 恐らくオーナーか、それに近い人間なのだろう。

 そのおばさんを禿頭の男が押した。

 軽くではあったが、バランスを崩すのは十分であった。キャ、と叫び倒れる。

 周囲の客はひそひそと何かを言うだけで誰も助けには向かわない。

 他の店員たちも恐れているのだろうか、遠巻きに何とかならないか見ているだけだ。

 どうしようか、と酒を天秤にかけたロクドーが決断するよりも早く傍らの少女が動いていた。


「あん? なんだ、ガキ」


 やはり、禿頭の男がリィネの前に立った。

 リィネはそれに一切ひるむことはない。


「どけ、脂坊主アブラボウズ。あのさ、そういうのは、飯がまずくなるけん、うちの目の届かんところでやってくれん?」


 脂坊主の奥の男に対してズビシと人差し指を向けるとえらく自分勝手な言い分をのたまう。

 きらりとリィネの手甲と禿頭が共鳴した。


「うっせぇよ、ガキが」


 脂坊主は額に血筋を浮かべたところで、後ろから声がかけられた。


「ちょっと待て。そいつ、見た目はなかなかいいじゃねぇか。こっち連れて来い」


 脂坊主は、値踏みするようにリィネを見た。

 脂坊主の目には適わなかったらしい。

 鼻で笑うとリィネの腕をつかんだ。

 次の瞬間リィネは動いた。


 脂坊主の右足甲を踵で踏みつぶす。

 ゴッという鈍い音が響く。

 そのまま左腕で禿頭の横についていた耳を乱暴につかみ取ると、そのまま引きちぎるように引っ張った。

 男はちぎられまいと反射的にそちらに体を倒す。

 今度は空いた右腕で手甲からナイフを取り出すと脂坊主の首筋に突き付けた。


「貴様!」


 そこまできてやっと髭の男が動く。

 しかし、それより一瞬早くロクドーは動き出していた。

 進路にある椅子を髭の男に向かって蹴り飛ばす。

 髭の男は、抜いた剣でそれを払った。

 わずかな時間だが、ロクドーにはそれで十分だった。

 一足飛びに距離を詰めると髭の男とリィネの間に入り込む。

 髭の男は、ロクドーを認識すると即座に右脚を蹴り上げた。

 金的を狙った一撃を身体を捻ることで躱す。

 ついで、顔面を狙った髭の男の拳を左拳で打ち上げる。

 肉を打つ音が響き渡った。

 折れはしなかったが、音からして肉は爆ぜたらしい。

 男の顔が歪に歪む。

 ロクドーは止まることなく、いつの間にか手に入れたテーブルナイフを髭の男の眼前に突き付けた。


 そこで思い出したかのように店員の娘が金切り声をあげる。

 客も慌てたように席を立ち逃げ出した。


「酒の席のことだ。こっちは忘れてやりますから、そっちも忘れろくださいな」


 ロクドーはできるだけ低く声で威圧的にしゃべる。

 男たちは二人とも武器を捨て両手を挙げた。

 しかし、その奥の男は、明らかに怒りの視線を向けてくる。


「誰だ、お前ら。俺が誰だか知ってんのか」

「知らんちゃ、鼓笛隊の隊長かなんか? うちはご飯をおいしく食べたいだけやし」


 リィネは、脂坊主からナイフを引いた。

 ロクドーもそれに倣う。

 脂坊主はちぎれかけた耳を押さえうずくまり、髭男は打たれた腕を抱えながら膝から崩れ落ちた。


 しかし、一方の男は怒りのあまりか顔色が赤から土気色に代わりだす。

 その怒りが吹き出さんとしたとき、店の扉のあたりから声がかけられた。


「ヨ、ヨルハン様、何があったんですか?」


 艶のある女の声だった。

 ロクドーが振り返ると、こちらもしつらえの良い服を着ている。

 慌てていたのか乱れた赤髪を整えていたが、その異常な状況に気が付いたのか形の良い眉をひそめている。

 しかしそこに一切の油断は見られず、右手は、腰の剣にかかっていた。


「マ、マリナ! 遅いじゃないか!! こいつらを殺せ!」


 マリナと呼ばれた女は、その光沢のある黒い瞳をこいつらと呼ばれた二人組みに向けた。

 磁器のような肌がわずかばかりに紅潮する。


「そこに転がっている二人を見るに、ここで事を構えれば、ヨルハン様が死にますが……」


 ロクドーは手に持っていたナイフを地面に投げ捨てると、両手を挙げて降参を表す。


「こっちはこれ以上やる気はない。あとはそこの大将が矛を収めるだけだ」


 マリナはヨルハンを見る。

 しかし、ヨルハンの顔はいまだに赤いままだ。

 そして、突然立ち上がると何かをロクドーに向かって投げつけた。

 ひらひらとした動きに、害はないとロクドーはよけることはしなかった。

 足元に落ちたのは白い布切れであった。

 マリナが何か言おうと口を開いたが、それよりも先にそれを手に取ってしまった。


「決闘だ! 決闘! お前、決闘を受けろ!」

「なんだ? これ」


 ロクドーは手にしていた布切れをまじまじと見つめる。

 手袋だ。


 眉を顰めマリナを見た。


「白い手袋は決闘の合図です。ご存じないようですね。ヨルハン様。この決闘は無効です。こちらの方は貴族ではありません」

「貴族じゃないが騎士見習いではあるぞ」


 ロクドーはなんとなく思ったことを言った。

 マリナの表情が曇ったことで余計なことを言ったことに気がついた。


「見ろ、なんかよく分からんが、騎士見習いならば問題はない! 外へ出ろ!!」

「お待ちください、ヨルハン様。決闘ならばしかるべき順序が!」


 傍若無人な貴族。

 ロクドーは先ほど周囲の人間が、男に向けていた軽蔑や侮蔑と恐怖の混じった視線の意味を理解した。

 そして、マリナという女性の気苦労に思いをはせながら、外に出ていく二人についていく。


「黙れ! 名前を名乗れ!」

「俺か? 俺はロクドーだ。そういうお前はヨルハン、だったか?」

「グラインズ家が三男、ヨルハン・グラインズだ」

「さようか」


 ロクドーは嘆息した。

 どうも貴族の厄介ごとに巻き込まれる日だ。

 首をぐるりと回すと、ヨルハンをにらみつける。

 腕の筋肉の付き方からいって、先ほどの二人ほどの腕前はないだろう。

 徒手でも問題はないか、そう思っているとなぜかマリナが前に進み出てきた。


「私の名はマリナ・ダ・ボトルフィーノ。ヨルハン様の代理として私が決闘を受けさせていただきます」

「え…… お前じゃないの?」

「ふん、そんなもんは私が骨を折ることではないわ!」

「うわぁ…… まさかここまでクズだったとは」

「ほんとに、クズだね。兄ちゃんくらいのクズかと思っちょったけど、軽く飛び越えてったね」

「えぇ、お兄ちゃんそんなに評価低いの? がっくりだわ」

「き、貴様ら黙れ!!」


 顔を赤くし腕をぶんぶんと振るヨルハンなど眼中から排除するとロクドーは視線をマリナに移した。

 決して太くない腕だ。

 がしかし、それはきれいに筋肉がついているのが見て取れた。

 剣を抜く動作も一切の無駄がない。

 並みの鍛錬ではない。

 あの二人よりも強いとロクドーは踏んだ。


「決闘のルールがわからんのだが」

「ルールですか。武器は自由なのですが…… 武器はありますか?」


 ロクドーは、リィネに目線を送った。

 リィネからナイフを二本受け取ると、逆手に持ち構える。

 いつの間にか、街路には人だかりができていた。

 よくある光景なのだろうか。

 それともめったにない光景だから集まっているのだろうか。


「ルールですがそれ以外には特に。とりあえず参ったと言ってください。命までは取るつもりはありません」

「わかった。あんたが参ったと言えば、止めればいいんだな?」


 ロクドーはニィッと頬を吊り上げる。

 しかし、マリナは特に気にした様子はない。

 剣を正中に構えると息を細く吐く。


「マリナ! そいつを殺せ!!」


 ヨルハンが叫んだ。それが決闘の合図となった。


 ロクドーはハッと短く息を吐いた瞬間に加速。

 距離を詰める。一陣の風と化したロクドーの接近。

 しかし、マリナは余裕をもってバックステップで距離を開ける。

 そして、無駄な動作なく切り付けた。

 威力のない一撃だが、それはナイフを握る指を狙ったものであった。


 その一撃を半身で躱すと、今度はそのまま顔面を左拳で狙う。

 が、振り切られた剣が今度は逆袈裟でロクドーを再度狙ってきた。

 殴撃を中断。

 右ナイフで剣を逸らしつつ、側転の要領でそれを避ける。


「よく避けましたね」

「昔からサーカスが大好きでね。こんなのも得意ですよっと」


 そういうと、ロクドーはナイフをマリナに放った。

 マリナはそれを弾こうとしたが、ロクドーはその隙を突かんと距離を詰めていた。

 弾けば遅れると判断したのか、今度はマリナが半身でナイフを避けた。

 さらに、上半身を器用に使い引いた剣を、眼前に迫るロクドーに叩き付けてくる。

 這うように屈み寸ででそれを避けたロクドーは、そのままマリナのそばを走り抜けると壁を駆け上がった。

 先ほど投げ、壁に突き刺さっていたナイフを壁から引き抜くと、壁を蹴りつけ脚力のみで反転。

 反射する閃光よろしく、身体ごとマリナに体ごとぶち当たる。

 マリナもまた振り向きざまであったためちょうど馬乗りの体勢になった。


「くっ!!」


 ロクドーはナイフを持った両手を振り上げる。

 そしてそれを振り下ろす。

 マリナは思わず目を閉じてしまった。

 ガキンと金属音とそして明るい火花が飛び散る。


「やっぱりな。あんた、あんまり命のやり取り慣れてないだろ。さっきの二人は、耳を引きちぎられそうになった時も、眼前にナイフを突きつけられた時も、決して目は閉じなかった。あんたあの二人よりも、そして俺よりも才も技術も上だ。それでも負けるのは結局そこだよ」

「こ、これは!!」


 ロクドーは、両腕の袖口をナイフで突き刺したのだ。

 マリナは地面に縫い付けられている状態になっている。


「さて、まだ参ったって言ってないよな」


 馬乗りの体勢のままロクドーは両口角をひん上げる。

 そして、両手をワキワキと動かした。


「忍法究極奥義! クスグリの術じゃあぁぁぁぁ」


 ロクドーは両手を振り下ろす。

 それは時に脇を、時に太ももを、時に首筋を。

 強く、優しく、時に弄り、触れていく。

 少女の桃色吐息と、狂った男の狂笑が響き渡った。


「ま、参ったからもうやめてぇぇぇぇ」

「げはははは! やめるかぼけぇぇぇぇぇ」


 絹が血に染まるようにうっすらと頬が紅潮していく。

 つややかな美しい髪を振り乱し、我慢できないといった風に太ももをもじもじとさせもだえる少女とそれにまたがった男。

 異常な光景。


 それを打破できるのは一人しかいなかった。


「やめんかい、ロクでなしぃぃぃぃぃ!!!」


 リィネの飛び蹴り。

 ロクドーの側頭部にきれいに極まった。


 金髪を翻しながらリィネは、勢いをとんぼ返りでうまく殺し美事に着地を決める。

 が、ロクドーの方はノーガードで顔面から地面に叩き付けられると、そのまま数メートル滑り止まった。


「はっ、俺は何を」


 ロクドーは、自分の両手を見つめる。

 そこへ、声がかけられた。


「ちょっと君いいかな?」

「いや、すいません。今自分自身が信じられなくて。ちょっと放っておいてください」

「いや、実は最近、べらぼうに違法な薬物が流行っててね」


 ロクドーが振り向くとそこには青い制服をびしっと着込んだ官憲が立っていた。


「いや、ちょっと待ってくださいよ。これは決闘でして……」


 そういってロクドーが指を差した先でマリナが泣いていた。

 そして、それを支える妹。

 ヨルハンはいつの間にかいなくなっている。

 周囲から送られる冷めた視線。


「…… あ、えっと」

「ちょっとこい」


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新作書いてます。良かったらどうぞ。 最強のデク
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