2 んじゃ、兄ちゃんは何がいいん?
「あいつら、私を置いて逃げるなんて。腕っこきの冒険者だって言うから雇ったのに」
拳を振り上げ気炎を吐いていたオレンジ髪の少女は、そこで一旦言葉を切った。
そして、艶やかな色をした服の袖口をイジイジとし始めた。
その横でリィネは、商人からもらった潰れかけのリンゴをかじっている。
「それに比べて、ロクドー様のお強さといったら…… 私、その……」
そういって少女は上目づかいでロクドーを見つめる。
その瞳はどこか怪しく、中性的な声がロクドーの耳をくすぐる。
リィネよりも小さな、というよりまったくない胸の隙間がパカパカとなっているが気にした様子はない。
ロクドーは返事の代わりにあいまいな表情を浮かべる。
そして、視線を引き剥がすと周囲を見渡した。現在、ロクドーは、リィネとともにトロスに襲撃された少女の馬車に乗っている。
少女の馬車は、御者が逃げたため動かせずにいた。
そこで、馬車と馬を譲り渡す代わりにと、ロクドー達が乗っていた馬車の御者である商人が操縦しているのだ。
ちなみに、ロクドー達が乗っていた荷馬車は、大トロス、小トロスの死体――リィネが掻っ捌こうとしていたが、高熱を持っていたため諦めた――を潰れた果物の代わりに乗せて、豪華な馬車で牽いている。
「で、あんたは誰なん?」
すりすりとロクドーに寄ってきていたエーリスとロクドーの間にリィネはドカリと腰を下ろす。
そして、新たなリンゴをかじり始めた。
少女は、少し考えたようにしていたが、鞄に手をかけると中を弄り始める。
ロクドーとリィネは、反射的に構えるが、その手に握られていたのは小さな袋であった。
「失礼いたしました。私は、エーリス・ハウミルトンと申します」
エーリスと名乗った少女は柔和な笑顔を浮かべる。
ロクドーは少し考えていた。
姿格好や、馬車の格から言ってもいいとこの嬢ちゃんであろうことは予想していた。
しかし、貴族のことを全く知らないロクドーでも”ハウミルトン”という家名には聞き覚えがあったのだ。
どこで聞いたのか、思いだそうとしながら、「そうか」とだけ答えた。
そんなロクドーの逡巡など毛ほども気づいていないエーリスは、手に持っていた小袋をリィネに手渡した。
「あいつらに渡すはずだったものなのですが…… もしよければお受け取りください」
リィネは、それを怪訝な目でチラと確認すると、すばやく受け取り中身を改める。
「何これ?」
リィネが袋から取り出したものは、手のひらサイズの金属製の札であった。
その表面には細かく紋様が刻み込まれている。
その髪の毛ほどの細さで刻み込まれた文様は高度な技術の現れである。ロクドーはほぉっと息を吐く。
「ギルドの契約票ですが…… あれ? ご存知ない?」
リィネは首を傾げると、ロクドーに視線を送る。ロクドーはその視線を感じ居住まいを整える。
「あれだ。ギルドと契約して、あの、そのなんだ。票だな」
「知らんなら、知らんち言え」
二人のやり取りにエーリスは慌てたように声を上げた。
「す、すいません。冒険者の方ではなかったのですね」
「冒険者というのは、冒険をする人達、ということだ」
「黙れ馬鹿。で、ギルドってなに?」
馬鹿は少し顔を険しくした。
「元々は、大陸内を調査する為の支援団体とか互助組合のようなものだったらしいんです」
「だった?」
「一昔前なら、新しい土地、新種の動植物なんかはお金になりましたが、今それを仕事にするのは大変ですからね」
リィネが、なるほど、と頷いている。ロクドーは、本当に分かったのか? と言いたいのをグッと堪える。
「その頃にはその互助組合も大きい組織となっていましたから、潰すわけにもいかない。そこで、新たにギルドと名前を変え、冒険者達に仕事を割り振る業務を始めたのです」
「その仕事ってのが?」
「えぇ、主には荒事に関わる仕事です。あの逃げやがった奴らがやっていたのは、私の護衛です。あいつらどうせ私が死んだと思って、私が言うこと聞かなかったとか、契約上の不手際で金だけもらう気ですよ。絶対追い込んでやる」
エーリスは怒りを孕んだ笑顔を浮かべている。
そんなことは気にしないリィネは、金属札を摘み目の高さでじっくりと観察している。
「で、私たちは、これを売るの?」
「売るというよりも、交換ですかね。ギルドに持って行って下されば、換金できますので」
「いや、だってこれ、さっきの奴らとの契約書なんでしょ? ヘタしたらウチ達そのギルドに追われるんじゃないの?」
「その通りです」
リィネは、顔を顰めるとエーリスに押し戻した。
「嘘です、嘘。きちんと話を通して置きますので、ご安心ください。本当は直接一緒にギルドに伺えば良いんですが、私も、到着後にやることがあるもので」
そこまで言ってエーリスは手を打つ。今度は、座席の下に手を伸ばす。
さすがにもう二人は構えない。
少女が取り出したのは、金装飾を施された小箱であった。
中を開けると青く輝くサクランボ程度の石が入っていた。
「こちらも差し上げます。これはご迷惑料ということで」
リィネは、小箱を受け取る。しかし、その蓋を閉めると押し返した。
「いらんちゃ、こんなん」
「しかし……」
エーリスは、箱を今度はロクドーに差し出した。
それは受け取らず、リィネが持っている金属札を顎で指す。
「それはもらっとくよ。俺の服代だ。後ろの犬も運ちゃんが買い取ってくれたから、ここまでの馬車代がロハになった。これ以上はいらん。しまっとけ」
引き下がらず、なおも口を開こうとしたエーリスを先んじるように、リィネが口を開いた。
「でさ、エーリスもネノカタスに行くんやろ? 何しに行くん?」
「あ、えっと、リヒテナウア騎士学校に入学するので……」
「そうなん? 一緒やん?」
「へっ?」
リィネの言ったことが信じられなかったのか、エーリスは奇妙な声を上げた。
「えっと、そのあの学校は貴族しか入れないんですが…… いえ、その台所事情が大変な貴族があるのは知っているのですが、そのなんというか……」
そういうと、肩を震わせる。笑いを我慢しているのだ。
「あ~? 貧乏人なめんなよ〜」
「てめぇ、鏡見てから言え。もらい物のリンゴを食いすぎたせいで顔が黄色くなってんぞ」
「それみかんやし!」
エーリスの胸倉を掴んでぷらーんとさせるリィネの落ち着けると、ロクドーは頭をポリポリとかいた。
「俺達は貴族じゃない。騎士学校には特待生制度があるらしくてな、推薦を受けて俺達は入学することになったんだ」
エーリスは、肩を震わせながら顔を上げる。そして、顔を真っ赤にしながら眼前で手を左右に振った。
「いえ、もう、貴族とか平民とか奴隷とかじゃなくて、そのマフラー…… だっさい」
「おい、リィネ。後ろの犬のケツの穴にこいつを突っ込め」
「いや、そのマフラーがダサいっていうのは仕方ないよ。しかも、兄ちゃん、片腕が、ノースリーぶふぅ」
プークスクスと笑う二人。
「袖口なくしたのは誰のせいだと思ってんだ!」
ロクドーが両腕でエーリスとリィネにアイアンクローをかました。
「ぎひぃ、すいません。すいません」
「ウチは! ウチは関係ない!」
頭を振り回し、二人は拘束から何とか逃れる。
ロクドーがエーリスに手を向けてワキワキとさせるとエーリスは、ヒィッと小さく叫びコメカミを守るようにひっしと押さえた。
それを見てロクドーは鼻で笑う。
許されたと感じたのか、それともその状況からの転進を図ったのか、エーリスは涙目になりながら口を開いた。
「本当に直っちゃったんですね、左手。魔術ですか? あの武器も。どちらも見たことありませんが」
ロクドーの左腕は、黒焦げ状態からあれよあれよという間に治ってしまっていた。
今や、ケガだったなどとは誰も思わないくらいにしっかりと治っている。
「体内に蟲を飼ってるんだ。そいつを使ってる。魔術とは系統の違う忍術というもんだ」
「では、リィネさんも?」
リィネはリンゴを片手に持ちながら否定した。
「あんな気持ち悪い物使ってないよ。ウチのは単なる魔術」
エーリスは少し首をかしげた。
「お二人は、もう片足を騎士に突っ込んでいるように強い。貴族には幼少期から武道や魔術の英才教育を受ける者もおりますが、そういったのとも違う強さでした。どなたに指導を受けたのですか?」
リィネはロクドーに視線を送る。
「俺達は、孤児だ」
「北の方にウォードっていう小さな村があってね。ウチ達はそこの教会に住んでたの」
「では、そこの教父様に?」
リィネは少し微笑む。
「教父じゃないよ。どちらかと言えば、いや、たぶん本質的に神様なんて信じてなかったんじゃないかな。クリスは、どちらかといえば無神論者の騎士みたいな人だよ」
「そうですか。お二人はなぜ――」
エーリスはそこまで言って、しまった、と口を押えた。しかし、二人に気にした様子はない。
「俺は両親のことをよく知らん。つか、気が付いた時にはクリスのとこにいたしな」
「ウチは両親に人買いに売られたの。今は小さくなって見えんけど、全身に赤黒い痣があったんだって」
そういい左手の手甲を軽く見た。
「気持ち悪いってさ。それで、ウチ買った人買いも気味悪い子供なんて全然売れんけんって、クリスの教会において行っちゃったんだって」
「そ、そんなひどい。例え奴隷であれど、一度買ったものを教会に放置するなど! 法でそのような扱いは禁止されています!」
リィネは顔を険しくした。が、リィネは手をひらひらとさせる。
「法なんて市井の人に見える部分を規制することしかないからな。奴隷商は、登録制だったか?」
「いえ、許可制です」
ロクドーの疑問にエーリスが答える。
「それだ。許可なんて取らないんだよ。本当の本物の、巷にゃ見えない奴隷を扱う人間たちはな」
「だから、奴隷商ではなく人買いと……」
暗くなった車内。ロクドーが腕を組み何かを言おうとしたが、先にリィネが口を開いた。
「他にも、そのえっとご兄弟……が?」
「たっくさん。クリスがどっかからか連れてくるんよ。逃げ出した奴隷の息子だとか、人買いに攫われた娘だとか。魔物に襲われた生き残りの子供とか。あとは――」
「全員分言ってたら日が暮れるぞ」
ロクドーはそういうと、ふいっと視線を外に移した。それ以上エーリスは突っ込まず、別のことを聞いた。
「では、家名などはありませんよね? 騎士学校ではかなり不便になりそうですが?」
そして、その質問は別の意味で禁句だったらしい。
「兄ちゃん、そういえば、まだ決めてないでしょ! 学校につくまでに家名を決めるって言ってたのに!!」
「家名を決める?」
「そうなんよ。ウチ達、学校に入る時に仮の貴族になるらしいの。で、騎士になれたら本当の貴族になれるらしいんやけど、そのための家名を一応決めて来いって話になってるの」
「あ、あれだ。一応、いろいろとな、候補は…… 百、いや、二百の候補はあるんだぜ……」
ロクドーは、奇抜な首巻で汗をぬぐっている。
「嘘吐け。やけんウチが決めるって言っとるんに」
「例えばどんなのがいいんですか?」
エーリスの問いに、ロクドーが顔を曇らせる。
そんなこと、気にもしていないリィネは、片手に持っていたリンゴを凝視しながら眉間にしわを寄せた。
「ん~ジョブズ二世」
「なんで初代が二世名乗るんだよ」
「んじゃ、リンゴスター」
「やめとけ」
ロクドーは苦々しく呟き、それをエーリスは何とも言えない気まずそうな顔で見つめる。
「んじゃ、兄ちゃんは何がいいん?」
ふむ、とロクドーは、腕を組んだ。
いつまでも引き延ばす問題ではないことはロクドーも理解していた。
別に気張った名前など不要だろう。しかし、本当に適当に決めるのも気が引けた。
数年間は確実にその名前で呼ばれるのだから。
目を軽く瞑り頭蓋内の血流を一気に増やす。
脳内の至る所に設置された引き出しからいろいろなものをひっぱり出す。
好きな食事や、今まで倒してきたモンスター、撃ちこまれた魔法に、目にしてきた植物。
それらを夢想し、そして、どんどんと脳内から消し去っていく。
最後に残ったものは、二人が忘れられない人と、二人が住んでいた場所であった。
「くりす…… クリスウォードだ」
絞り出すように出された名前。リィネとエーリスは目を点にさせている。
違ったか、とロクドーは思ったが、リィネの顔はパァっと明るくなった。
「いいやん! ウチはリィネ・クリスウォードね?」
「えぇ、いいと思いますよ。同名の貴族も聞いたことありませんし、なんとなくですが、ロクドー様に似合ってる気がします。それに……」
「ん?」
エーリスが少し口ごもる。
疑問符を浮かべたロクドーが続きを促すと、エーリスは口をふさいで肩を震わせ始めた。
「そのマフラーをしている人とは思えないくらい普通のネーミングセンスで安心しました」
「確かに、片腕ノースリーブだし」
二人は、口々に好き勝手なことを言い始めた。




