特大ステーキ
ただでさえ機嫌の悪いことが多い歩智だけれど、紺と一緒に行動するようになってから、輪をかけて不機嫌になってしまった。
けれど今回はどうしても紺と一緒じゃないといけないのだ。
何故なら、紺が入手した情報をもとに、協力し合って『柄杓』をゲットしようという作戦だから。
和茅の目的は『柄杓』を入手すること。
けれど紺は『柄杓』そのものに興味はなく、売り値の半額がもらえればそれでいいらしい。
和茅には『柄杓』を売るつもりがない。
だから半額分のお金を用意しなければならないのだけれど、『柄杓』の売り値というと、例え半額でもとんでもない額になる。
とはいえ、分割払いを前提に、何年かかるかわからないけれど、がんばって尾宝を幾つも見つけて売りさばいてゆければぎりぎりなんとか工面できそうな額でもある。
結局、和茅はその話に乗った。
最後に目にされたのは今から数百年前で、以後行方知れずとなっている珍尾宝『柄杓』。尾宝ハンターたちは今このときも、こぞって『柄杓』を探しているはずだ。
『三種の珍尾宝』と言われているように、珍尾宝は全部で三つ。
『桶』『杓文字』そして『柄杓』
『桶』は既に発見されている。
その能力は『桶』の中に入れたものを金に変化させてしまうというもので、これは現在、尾垂界の中枢機関である『尾頭宮』で厳重に管理されており、尾宝ハンターといえども手が出せない。
そして『杓文字』。
こちらも何度でも使用できる代物で、『杓文字』を使ってかき混ぜた物を増やすことができる。
尾宝ハンターの至上目的は珍尾宝を入手して名を上げることであり(それを売りさばけば莫大な金も手に入るので、一石二鳥)、それ故『杓文字』と『柄杓』の争奪戦は熾烈なものとなっていた。
尾垂界には尾宝ハンターの集団がいくつもある。
個人で活動していては珍尾宝にたどりつけないと考えた者たちが、それぞれ集団に属してその内部で情報交換や探索協力をするのだ。
今、尾垂界で一番有名なハンター集団は『尾の一』だろう。
首領は楼という青年で、『尾垂かわら版』に頻繁に登場している。ひらりひらりとまるで舞うような身のこなしで華麗に尾宝をゲットしてゆくという噂だ。
和茅は、いつか楼に会って、コツなど伝授してもらいたいものだ思いながら、尾宝ハンターを続けているのだ。
『柄杓』は尾垂界の北に位置し尾垂第二位の標高を誇る幻北山にある――という噂が、ここ最近尾宝ハンターのあいだで流れている。
少し前までは、南に位置する滑南山にあるという噂だったが、こちらは既に尾宝ハンターたちによって徹底的に探索が行われ、そこにはないことが証明されている。
ひと口に幻北山といっても、人間界にある富士の山よりも遥かに高く、山頂付近は常に雪に覆われているような山だ。
不用意に踏み込めば遭難者が続出することは間違いない。それ故、尾宝ハンターたちの調査も難航している。
紺は、その幻北山のどこに『柄杓』があるのか、その有力な情報を持っていた。
一方の和茅は尾宝感知能力こそあるものの、まだ決め手に欠ける情報しか入手できていなかったので、一緒に行かないか、という紺の誘いに乗ることにしたのだ。
歩智にも、それは何度も説明したのだけれど……。
和茅は相変わらずぶーたれた顔で歩く歩智をちらりと横目で見て、ため息をついた。
紺と再会してから三日目、和茅たちは万全の準備を整え、幻北山へと向かっていた。
ところが、出発の準備をしているときから、歩智はずっとこんな感じなのだ。
『柄杓』を見つけるのはもちろん最大の目的だけれど、そのために歩智に嫌な思いをさせてしまうのは和茅の本意ではない。
だからといって『柄杓』を諦めるのは無理な相談だし、じゃあここで別れましょう、なんてこともできるわけがない。
せっかく、一緒に旅をすることになったばかりなのに……。
歩智はいったいなにに怒っているのだろうと、和茅は首を捻った。
せっかくの特大ステーキも、あまり嬉しそうではなかった。歩智はカウンター席の隅にかけ、和茅たちのほうを見ることなく、ひとりで黙々とおかわりをしていたのだ。
水干姿でカウンター席に座ってステーキを食べる光景に、最初は違和感を覚えまくっていたけれど、最近ではあまり気にならなくなってきていた。
懐古政策が進んでいるとはいえ、個人経営のお店ではそうそう簡単に昔風に改装をできるようなまとまった資金のない場合が多いのだ。
尾垂界も、一時は人間界と同じく文明開化を経験している。
また食生活も、突然変えることは難しい。
ステーキは美味しかったけれど、和茅は歩智のことが気になって半分近く残してしまった。
紺がそんな歩智の態度に気を悪くしないでくれたのは幸いだったけれど。




