本来の姿とすっぴん
その不機嫌そうな顔の下に別の気持ちが隠れていることがわかるから、もう、不安になったりしない。
歩智は、いつも和茅を助けてくれた。
無愛想な顔をしながらも、和茅のことを支えてくれていた。
歩智の背中は、小さいときも、大きいときも、いつだって和茅を安心させてくれるのだ。
和茅は他人を信用するのがずっと怖かった。
人を信じることは、裏切られる可能性を生むから。
でも、歩智のことなら信じられる。
そう、旅を通して感じた。
「……歩智」
ゆっくりと遠ざかろうとしている歩智の背に向かって、和茅は声をかけた。
「なんだよ」
歩智は振り返らずに応える。
「わたし、歩智を信じてもいい?」
その問いかけに、歩智の肩がぴくりと動いたのがわかった。
「なにを今更。おれを信じずに、誰を信じるっつーんだよ」
返ってきたのは、強気な言葉。でも、だからこそ安心できる。
これが、わたしの信じる歩智だから。
その言葉を聞くなり、和茅は駆け出していた。
そして歩智の背中に、思い切り抱きつく。
「和茅!?」
「わたし、助手やるよ。がんばるからね!」
「本当か?」
歩智が体を捻って、和茅の顔を見た。
和茅がうなずくと、歩智の相好が崩れた。
皮肉っぽく片頬を上げるような笑みではなく、和茅がこれまでに見たことのない、心から喜んでいるのだとわかる表情に、和茅は胸をわしづかみにされる。
「歩智……」
「任せろ。後悔はさせねえよ」
ああ、歩智なら、きっと大丈夫だ。
和茅は確信する。
と、突然、歩智が和茅をがばっと抱き上げた。
「ほ、歩智っ!?」
驚いて思わず歩智の首にしがみついた和茅のひたいに、あたたかくて柔らかいものが軽く触れた。
いっ、今のって、口づけ!?
気づいた瞬間、動揺のあまり髪の下から耳がぴょこんと飛び出すのがわかった。
慌てて両手で耳を押さえる。
じたばたと暴れる和茅を余裕の表情で抱える歩智は、和茅のその様子を見て楽しんでいるようだ。
青年姿のときの歩智は、少年姿のときよりも余裕度が倍増するような気がする。
「ちょっと、歩智っ!」
周囲に人が少ないのが幸いだった。
少ないとはいえ、通行人がちらちらとこちらを横目で見ているように思えるのは気のせいだろうか。
そもそも、官吏が職場でこんなことをしたことが知れたら、大目玉をくらうんじゃ? と和茅は心配になるけれど、当の本人は全く気にしていないようだ。
「悪い悪い。なあ、このあいだの尾といいその耳といい、すっげー可愛いんだけど、おまえのもとの姿ってなんなんだ?」
「なっ、なによ突然……」
「楼の本性も聞いたことねえし。あー、でも、楼は化けるのが得意だって聞いたことがあるな。その気になれば、男でも女でも年寄りでも子どもでも、なんにだって化けられるって話だけど、それって本当なのか?」
「それは……本当だけど……」
へえ? と歩智が愉快そうに笑う。
頭の中で、候補を絞っているに違いない。
「もしかして紺の仲間?」
「狸じゃないよ!」
反射的に答えてしまってから、自ら選択肢を減らす手伝いをしてしまったことに気づいて、しまった、と後悔する。
「ふーん?」
歩智に顔をのぞきこまれて、和茅は目を泳がせた。
「まあ、狸にしちゃ尾が細かったしな。狐みたいに耳が尖ってるわけでもねえし。それで化けるのが得意って言やあ……まあ、だいたい予想できるけどな」
視界の隅に、意地悪そうに笑う歩智の顔がちらりと見える。
基本的に、尾垂界の住人は自分の正体を隠して暮らしている。
正体を知られると弱点や習性がバレてしまう。
それを悪い連中に知られると、そこにつけ込まれる可能性がある。
尾垂界にいるのは、所謂化け者ばかりだ。油断はできない。
それに、普段人間の姿をしているだけに、正体を知られるのがちょっと恥ずかしいような気がするのだ。
人間の女性が、化粧をしたところしか見せたことのない人に、すっぴんを見せるのが恥ずかしいのと似たようなものだと思う。
「そ、それより、そういう歩智はいったいなんなの?」
これ以上話していると、本当に正体がバレてしまう。
和茅は話の矛先を変えることにした。
「さあな」
歩智はにやりと笑って鮮やかにかわす。
「ズルイ……」
和茅が唇を尖らせると、歩智が苦笑した。
「人間界に行ったら、戻ってやってもいいぜ」
歩智はどこまでも余裕たっぷりだ。
「絶対だよ? 人間界に行ったら、戻ってね?」
「考えとく」
「ええー? 約束してよー」
「さあて、じゃあ、さっさと人間界にそいつを届けに行ってやろうぜ。しっかりつかまってろよ」
和茅の言葉には応えず、歩智が和茅をよいしょと抱き直す。
「えっ!? ちょっ!」
和茅が返事をするよりも早く、歩智は駆け出していた。
和茅は急いで耳を髪の下にひっこめ、再び歩智の首にしがみついた。
歩智からは、ほんわりと暖かい太陽のにおいがした。




