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官服姿

 幻北山で『柄杓』を入手してから一週間が過ぎた。


 紺は重傷を負ったものの、尾の一御用達の医者に治療してもらい、なんとか快方に向かっているらしい。


 兄の楼は、これまでと変わらず尾の一のリーダーとして活躍している。

 珍尾宝『桶』の入手にいたるまでになにがあったのか、公式には明らかにされていない。

 証拠がない以上、珍尾宝記録の『桶』発見者欄の名は楼のまま、書き換えられることはないだろう。

 届出者が楼であることは、間違いないのだから。


 珍尾宝『柄杓』は尾頭宮に渡ることなく、未だ和茅の手元にあった。

 基本的に、発見者が見つけた尾宝をどうするかはその本人の自由で、尾頭宮に届出ないことに関しては歩智も了承している。


 そもそも、歩智の仕事は『柄杓』に関する調査だったので、『柄杓』を入手する必要はないのだ。





 そして今、和茅は尾頭宮にいた。

 尾頭宮は尾垂界の中心にある中央都のそのまた中心にある。

 その周囲をぐるりと築地に囲まれており、正面に位置する、見事な細工を施された赤く巨大な飾尾門(しょくびもん)から中に入る。

 といっても飾尾門のその大きな扉はなにか特別な行事などのときのみ開かれるもので、普段は閉ざされたままなのだ。


 一般人は、その隣にある小さな通用門から出入りするのである。

 築地の中に入ると、遥か彼方、一番奥の高台に、朱色の柱が見事な瓦屋根の大きな建物を見ることができる。

 そこは尾頭殿(びとうでん)といい、大きな儀式のときなどに使われる建物である。


 それよりも手前に各省庁の官舎がずらりと並んでおり、官服を身に纏った官吏たちが慌しそうに行き来する姿が多く見られる。


 現在の尾垂界の街並みは、文明開化を経験したあとに行われた懐古政策の影響で、新旧の建物が入り乱れ、ごちゃごちゃとした印象を受ける。

 ひどいところだと、レンガ造りの建物の横に、広い庭をもつ寝殿造りの家が建っていたりする。


 住民たちの服装だって、男は水干狩衣、女は小袖に前掛けが多いけれど、中には友禅染めの小袖を身につけている夫人だっているし、楼のように傾いた格好を好んでする者も少なくはない。


 ただ、尾頭宮内に関しては、かなり厳格に統制されている。

 尾頭宮は異国の朝廷を真似て作られており、その建物も官服も尾頭宮の外とは随分と雰囲気が異なる。

 まるで異世界にやってきたような気がするほどだ。


 ただし一般人が踏み込めるのは、官庁街よりも更に手前にある建物までで、そこの窓口で諸々の手続きが行えるようになっている。


 その中のひとつ、通行局の窓口の前で、和茅は人間界行き切符の発行を待っていた。

 そこには既に長蛇の列が出来上がっており、最後尾に近い自分の番は当分来ないだろう、と和茅は嘆息する。


 『柄杓』は布で大事に包み、狸狢山に棲む仲間への土産と一緒に、背負った風呂敷の中に入れられている。


 列に並んでいる人たちはみな、不機嫌そうな顔で列の前を睨みつけている。

 まさか、こんな間近に珍尾宝『柄杓』があるとは思っていないに違いない。


 そんな風に考え、和茅はくすりと笑った。

 すると前に並んでいる男が振り返り、気味悪そうな視線を和茅に向けた。


「す、すみません! な、なんでもないんです」


 慌てて手を横に振っていると、突然、ぐいと肩をつかまれた。

 体勢を崩し、きゃっ、と思わず声を上げる。


「おまえはこっちだ」


 頭上から降ってきた声に驚き目を上げると、青年版の歩智の顔がそこにあった。


「歩智? な、なんで!?」


 驚きつつ歩智のほうへ向き直り、いつもの歩智とは随分と雰囲気が異なっていることに気づく。

 仏頂面は相変わらずだけれど、ぼさぼさだった髪を首の後ろでひとつに束ね、官服である青色の袍を身にまとっている。


 そのあまりの変貌ぶりに目を奪われ、和茅は思わず呼吸を忘れた。

 心臓がばくばくと早鐘を打ち始める。

 その姿はどこからどう見ても、立派な官吏だった。


 尾頭宮の尾宝調査官だということは知っていたけれど、あの歩智のことだ。

 まさかこんなにまともそうな格好をしてきちんと役人をやっているとは思っていなかったのだ。 


「いいから来い」


 和茅の手をぐいぐいと引っ張り、歩智は列から離れてしまう。

 なすがままだった和茅は、しばらく行ったところでようやくはっと我に返り、慌てて足を踏ん張った。


「ちょ、ちょっと待って!」

「なんだよ?」

「わたし、並ばないと……」

「必要ねえっつーの」

「いや、必要あるって。それがないと人間界に行けないでしょ?」

「だから、並ぶ必要はねえっつってんだよ」


 そう言うと、歩智が官服の懐から二枚の木札を取り出した。


「あっ……!」


 驚きに目をみはる和茅を見て、歩智がにやりと笑う。

 その手にあったのは、今、まさに和茅が入手しようとしていた人間界との往復切符に他ならなかった。 


「これがあればいいんだろ?」

「え、どういうこと?」


 くれるの? と首を捻っていると、歩智がひょいとそれを高く上げた。

 和茅が戸惑っていると、歩智はさっとその木札を懐にしまってしまった。


「歩智?」

「ただし、おれも一緒に行くぜ。尾頭宮としては、一応、珍尾宝の在り処を把握しておきたいからな」

「一緒に? 狸狢山へ?」

「ああ」

「行っても、なにもないよ? ただの山だし」

「観光に行くわけじゃねえんだから、別に構わねえよ」


 歩智が飾尾門へ向けてさっさと歩き始めるので、和茅は慌てて見慣れない官服姿の広い背中を慌てて追った。

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