真相
尾頭宮は、尾垂界の中心。
尾垂界の日常を維持するための様々な機関が集結している。
その中に尾宝省という省がある。
尾宝に関するあらゆる業務を担っている部署で、『桶』を審査し、それが珍尾宝に間違いないと判断を下し、その発見者として楼の名を発表したのもその尾宝省だ。
「おれはおまえが二年前に入手目前で『桶』を失った反省から、自分が発見者であると証明させるため、現場に調査官を立ち合わせようとしているのかと思ったのだがな」
楼が愉快そうに笑みを浮かべながら言う。
和茅は、混乱したまま、首を横に振ることしかできなかった。
「その様子では、どうやらおまえは相手の素性すら知らなかったようだ。どんな目的があったのかは知らないが、そいつはおまえを騙して近づいたのだ。とても仲間とは言えないのではないかね?」
「騙す……? そんな……どういうこと?」
「おまえ、和茅を騙してたのか!?」
和茅が擦れる声で歩智に問いかけた。
紺が彼にしてはめずらしく、険しい表情で歩智に詰め寄る。
「騙してたわけじゃねえよ。言わなかっただけだ」
歩智が楼に外見に似合わない鋭い視線を向ける。
そうかもしれない、と和茅は思う。
歩智は言わなかったし、和茅も訊くことはしなかった。
それだけのことなのだ。
別に、歩智には和茅を騙すつもりはなかったのだと考え、少しだけほっとする。
「おれは別に、和茅を裏切るつもりなんか更々ないぜ。仕事は仕事できちんとやる。でも和茅の願いも叶えてやりたいと思ってる。妹のことすら裏切るようなおまえらにとやかく言われる筋合いはねえ」
「歩智……」
歩智は自分の素性を知られたことに対して動揺する素振りを一切見せず、ぴしゃりと言い放った。
「おれは確かに尾宝省の尾宝調査官だ。今回のおれの仕事は、『柄杓』に関する噂の真偽を調べること、それに二年前の『桶』発見者に関する疑惑に関する調査だ。ただ……手っ取り早く仕事を片づけるために、楼の妹である和茅の存在を調べ出し、意図的に近づこうとしていたことは認める」
安堵しかけていた和茅は、歩智のその言葉を聞き、頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。
それでは、歩智が倒れていたのは……あんなに苦しそうにしていたのは、和茅に近づくための芝居だったのかと思うと、胸がえぐられるように痛む。
そしてなにより、そのことに衝撃を受けている自分に、和茅は驚いた。
和茅だって、歩智のことを最初から信じていたわけじゃない。
むしろおかしいと思っていたはずだ。
それなのに、いつの間にこんなにも歩智のことを信じてしまっていたのだろう。
傷つくのを避けるために、他人に過度な期待はしない。
それは、和茅がいつも自分に言い聞かせていたはずのことなのに。
くらりと眩暈を起こした和茅に紺が気づき、手を伸ばす。
けれどそれよりも速く、歩智がその小柄な体で和茅を受け止めた。
「和茅、悪かった。『柄杓』が見つかったら全部話すつもりだったんだ。でもおれは、嘘はついてねえ。和茅を騙すようなこともしてねえ。だから信じてくれ」
「でも……歩智は行き倒れてて……」
「和茅と接触するタイミングを計ってたのは事実だ。けど、あのときおれが空腹だったのも、文無しだったのも、別に芝居とかってわけじゃねえ、本当のことだ。先回りしておまえを待ち伏せしてるとき、背後から囲まれてやられた。おれが腕っ節に自信がねえの、おまえなら知ってるだろ」
歩智が少し不貞腐れた口調で言う。
その顔を見て、和茅は凍りかけていた心が溶け出すのを感じた。
「じゃあ、全部本当だったの? 本当に恐喝されて、殴られて、財布を盗まれて、あんなにぼろぼろにされたの?」
ぐっ、となにかが詰まったような声をもらしながら、歩智が小さくうなずく。
どうやらそれを素直に認めるのは、かなりの屈辱だったらしい。
「でもそのおかげで自然とおまえに近づくことができた」
「……え?」
自然と、というところは大いにひっかかったけれど(なにせ和茅もなにか変だとは最初から思っていたのだ)、開き直って結果に満足しているらしい歩智を前に、あえて突っ込まないことにする。
「本当なら、最初から素直に話して協力を仰ぐのが最良の選択だったんだろう。でも、尾宝ハンターの連中は尾頭宮の役人を嫌ってやがる。あのとき、おれはまだ和茅がどんなやつなのか知らなかった。普通の尾宝ハンターなた警戒する。だから、素性を話すのは得策じゃねえと思ったんだ」
尾宝ハンターには定住していない者が多い。
尾垂界に棲む者は全員住処を登録しなければならないという法があるので、そういう連中は違法者ということになる。
役人に見つかれば、それまでに払っていなかった分の税金をがっつり持っていかれる上に、強制的に住処を与えられることになる。
その家賃はもちろん自分で払わなければならない。
安定した収入のないハンターにとって、それは死活問題だ。
また、尾宝を高値で売るために闇の尾宝仲介人とつきあいのあるハンターも多く、役人とは極力係わり合いになりたくないという者は少なくない。
だから、歩智の言い分はよくわかる。
歩智の言葉から嘘は感じられない。
歩智は嘘をついていない。
そう結論づける。
それを覆すほどの事柄は、今のところ見つかっていないのだから。
そこまで考えて、和茅は安堵のあまり、思わず泣きそうになった。




