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柄杓

 紺と歩智からいくらか離れたところで、和茅は尾宝感知能力の感度を良くするために、隠していた尾を出現させる。


 隠しているときよりも、いくらか敏感になるような気がするのだ。

 普段はめったに使わない、袴の切れ目から尾を二本とも引っ張り出すと、灰褐色の尾が顕わになる。


 短くもなければ特に長いわけでもない、ごく普通の尾で、尾だけを見ても、和茅のもとの姿がなんなのかは、きっと誰にもわからないに違いない。


 そんな一見個性のない尾だけれど、その尾に宿った能力は特別なものだ。

 和茅は尾からそっと手を放した。

 拭きぬけてゆく風が尾を撫でる感触が心地よい。近くに人の姿がなくてよかった。


 和茅は尾を揺らして、尾宝の気配を確かめながら草原を歩いた。

 並の尾宝とは違う、強い気配が伝わってくる。


 しかし幾らか歩いた箇所で、その反応がぱたりと消えた。

 前方には『虎の岩』が見える。虎が今にも飛びかかろうとしている姿に見えるので『虎の岩』と呼ばれているその岩の高さは平均的な成人男性五人分ほどもある。 


 和茅は背後を振り返った。


 既に白み始めた空の下、ぽつんと立っている紺までの距離はおよそ三十間。

 目安にするため、最初に尾が反応した場所に紺を立たせておいたのだ。


 一歩分戻ると、尾が再び反応する。

 つまり、現在和茅がいる場所と、紺のいる場所から等距離の箇所に尾宝があると考えられる。


 続いて和茅は横へと移動を始めた。

 尾の反応がなくなる都度、一歩内側に入る。そうしていると、ゆるやかな曲線が描ける。和茅は草を踏みしめながら歩き、半円を描いたところで足を止めた。


「わかったのか?」


 和茅の動きに注意を配りながら、足下を調べていた歩智が和茅に問いかける。

 和茅は自分の位置と、これまでに歩いてきた跡、そして紺の立っている場所を確認する。

 ここは傾斜の緩い草原で、広範囲に渡って調査できるからこそ、かなり正確な場所を割り出すことができた。


「今、歩智のいる場所から二十歩ほどわたしのほうに進んだ辺りが怪しいと思う」

「了解」


 短く答えた歩智が、素早く移動する。和茅と紺も、急いでその場所へ近づく。

 和茅の尾宝感知能力は距離によって強弱の変化が出るものではないはずだけれど、接近するにつれて再び尾からびりびりと強い電気が伝わってくるような気がする。


 自然と毛が逆立ち、尾が膨らむ。


「どうだ? ありそうか?」


 紺が歩智の後ろから興味津々でその手元を覗きこんでいる。 

 和茅も草を掻き分けながらそれらしい物を探す。 


 しかし地面の上にはなにもなかった。ということは、土の中に埋まってしまっているのかもしれない。

 紺も加わり、三人で地面を掘る。

 と、和茅の指先になにかが触れた。


「なにかある!」


 ゆっくりと土を払いのけながら、掘り出す。


「コレが『柄杓』……?」


 歩智が和茅の手に握られたものをまじまじと見ながら呟いた。

 それは竹で作られた、いたって普通の柄杓だった。

 箱に入っているわけでもなく、ただむき出しの状態で土に埋まっていた、いつ壊れてもおかしくない物体だ。 


 けれど、和茅はこれが珍尾宝『柄杓』だということがすんなりと信じられた。おそらく、紺も。

 何故なら、珍尾宝『桶』も、ごくごく普通の外観をした、ただの桶だったからだ。


「試しに使ってみる?」

「おれは肉が食いたい。肉を出してくれ」


 和茅が訊くと、紺が目を輝かせて主張した。

 和茅はそんな紺を無視して、「水」と念じた。

 すると、『柄杓』の底がきらっと光ったかと思った次の瞬間、こぼれだすほどの水が湧き始めたのだ。


 さらさらと静かに、けれどどんどんと溢れるその水が、ようやく姿を現した朝日の光を浴びてきらきらと輝いている。


 和茅はその水で『柄杓』についた土を洗い流した。

 しばらくすると水の湧き出す勢いが弱くなり、やがて止まった。どうやら加減を心得ているらしい。 


「本物みたいだな」


 歩智は普段よりも弱冠瞳を大きくして『柄杓』の様子を見ていた。


「おい和茅、なんで肉を出さないんだ。肉、肉!」

「これは、狸狢山のみんなに届けるの。紺も了承したでしょ?」

「その前に少しぐらいおれたちのために使ってもいいだろ」


「もしこの不思議な能力には限りがあって、肉なんかに使ったせいでその能力が早く枯れるようなことになったらどうするのよ」

「ないない。そんなことないって」


 紺が安易に否定するけれど、信じるには根拠がなさすぎる。

 呆れた和茅が紺に諦めさせようと口を開いたそのときだった。


「ご苦労だったな」


 ひとつの声が、投げこまれた。     

 三人は揃って顔を上げた。


 いつ現れたのか、『虎の岩』の上に人影があった。

 和茅は目を凝らした。


 褐色の髪が、風に揺れているのが見える。

 鮮やかな模様が染め抜かれた女物の小袖を羽織った着流し姿の、その人物は……。


「楼……」


 紺が彼の名を呼ぶ声が、和茅のすぐ傍で聞こえた。

『尾の一』の首領・楼が、腕を組んで和茅たちを見下ろしていた。

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