狸狢山の仲間
二年前、紺は和茅が見つけた珍尾宝『桶』を独り占めし、最終的にその『桶』は『尾の一』の首領・楼の手に渡った。
紺から事情を聞きだしたところ、それは楼の命令であったことがわかった。そして今回もまたどうやら楼が関係しているらしいのだ。
やはり、という思いと、どうして、という思いが交錯する。
楼が、紺にそんな命令を下したとは考えたくなかった。
彼には『尾垂かわら版』に書かれているようにみんなの憧れの尾宝ハンターでいてほしかった。
それなのに――。
紺は楼の命令で、和茅に近づいた。
林での再会は仕組まれたことだったのだ。和茅の尾宝感知能力を利用して『柄杓』を入手し、二年前のように珍尾宝を横取りしようという計画だったらしい。
けれど誤算があった。
紺は『柄杓』を探す途中、幻北山で発見した尾宝がなかなか価値のあるものだったから、楼の命令よりも、案内途中の和茅たちのことよりも、その尾宝を独り占めして売りさばくことを優先してしまったと言うのだ。
そこが紺の紺たるところでもあるのだけれど……。
そして尾宝を売りさばいたあと、紺ははっと自分の置かれている状況に気づいたらしい。
楼は紺が役割を果たさなかったことを知ったら大層腹を立てるだろうし、和茅と、和茅の同行者である歩智(態度も目つきも口調もかなりきつい)は置き去りにされたことをかんかんになって怒るかもしれない。
これはとんずらしたほうがいいな、と紺は考えた。
しかし手元には尾宝を売った金がある。
幻北山の麓のこの街には料理の美味い店もあるし、『会いに来てくれないと死んじゃうよ~』なんて文を送ってくる可愛い女の子がいる馴染みの店だってある。
あんなに可愛い子を見殺しにするわけにはいかない。
というわけでずるずると出立を先延ばしにしていたところ、和茅と歩智に見つかってしまったということらしい。
なんとも紺らしい。紺らしすぎて、和茅は大きなため息を吐くことしかできなかった。
けれど、今の話からすると、『柄杓』に関する情報に偽りはなかったと考えられるだろう。
楼としても、和茅に『柄杓』を見つけさせないと困るのだから。
「つまり、またこのあいだと同じ道を辿らないといけないってことか?」
うんざりした口調で歩智が問う。『大蒜』の強烈なにおいを思い出したのか、眉間には深いしわが刻まれている。
「そうなるね……。でも、幻獣に効果有りといわれている尾宝が役に立たないとなると、幻北山に踏み込むのは危険じゃないか?」
紺はすっかりやる気を喪失していて、もう『柄杓』のことなんてどうでもよくなってしまったようだ。
和茅に話したことで、あとは和茅がなんとかしてくれる、とでも思っているのかもしれない。
もともと紺は『柄杓』に執着しているわけではないのだし、身の危険を冒してまで幻北山に踏み込みたくはないのだろう。
「じゃあ、楼から頼まれた件はどうするつもりなのよ?」
「……どうしようなぁ。ところで和茅、どうしても『柄杓』がほしいのか?」
紺の和茅を見る瞳はある種の期待に満ちている。和茅は呆れながらもはっきり「もちろんよ」と告げた。その返事を聞き、紺ががっくりと肩を落とす。
「やっぱりか……」
「なによその、あわよくばわたしに『柄杓』を取りに行かせた上でそれを入手しよう――って企みのにじみ出た表情は」
「にじみ出てる!? まじで!? いったいどこら辺から……」
紺がはっと自分の頬に手を当てている。やれやれと和茅は嘆息する。
「とにかく、今回は絶対に渡さないからね!」
「どうしてだよ。二年前は……」
「どうしても、よ」
いくら紺の頼みでも、こればっかりはきけない。
「そんなこと言わずに、そこをなんとか……」
「拝んでも、駄目。ねえ、紺は最近、人間界に行った?」
突然投げかけられた和茅からの質問に、紺は言葉を止めて瞬きをした。
「へ?」
「最近の、狸狢山の様子を知ってる?」
狸狢山は、和茅や紺が育った故郷の山だ。
二十一世紀になった今、人間界の山々……特に国土の狭い日本の山に、人間の目の届かない場所はほとんどない。
昔と今では、山の様子も随分と変わった。山に棲む仲間の数は減る一方だ。
「あー。おれ、実はこっちに来てから一度も戻ってないんだよな」
さもありなん、と和茅は吐息を漏らす。
「あのね、あそこ、もう、ほとんど誰も住んでないよ」
「え?」
「狸狢山に、もうわたしたちの仲間はわずかしか残っていないの。もっと山奥に入って行った者も多いけれど、そうやって追いやられた動物たちが行き場を失くして集まっているから、生存競争は苛烈だと思う」
「まさか」
紺はそんなこと、微塵も考えたことがなかったようだ。
尾垂界で暮らし始めると、人間界で起きていることなど、遠い場所での出来事に過ぎなくなってしまう。
こちらでの生活に慣れてしまえば、尚更だ。
でも、和茅は頻繁に人間界に戻っていた。その都度尾頭宮に申請して、往復切符を発行してもらって。
そしてその都度、故郷にはちょっとした土産を持参していた。
かつて狸狢山で一緒に暮らしていた仲間の子孫たちがまだほんの少しだけれど残っている。
尾垂界に来ることのできない彼らのことが気になって、彼らの窮状を見過ごすことができず、和茅はしばしば様子を見に行っているのだ。
「わたしは彼らのもとに『柄杓』を届けたいの。飢えることのないように。少しでも長く生き延びられるように、その手助けをしたい」
和茅の言葉に、紺の瞳が大きく見開かれた。
いつも皮肉な笑みばかり浮かべている歩智の口には、めずらしく心から笑っていると思われる小さな笑みが湛えられている。
「和茅、おまえなんていいやつなんだ! 昔から知ってたけどな!」
がしっと紺が和茅の両手を握り締めながら紺が唾を飛ばす。
「ありがとう」
顔にかかる唾に眉をしかめながら、和茅はひとまず礼を告げたのだった。




