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そこまで言うのなら

 ここは尾垂界おたるかい


『尾垂』は『尾足る』に通ずる。


 ということで、この世界は人間界で暮らしているうちに尾が二本以上に増えた動物だけが踏み込むことのできる世界だ。

 尾が二本以上あるとなれば、そこらの尾が一本しかない動物とは違い、不思議な能力をもつようになってくる。


 ここ尾垂界では、人間に化けられて当然、かろうじて人の姿をしていても、耳や尾が出ていると、みっともない、と蔑みの目を向けられてしまう。

 下手をしたら、そんな未熟者を尾垂界に住まわせること相成らぬということで、人間界へ強制的に送り返されることすらある。


 つまり、あっちでもっと修業(?)してこい、ということだ。


 まあそれも、一説では役人の気分次第で、賄賂を渡せば大抵の場合は見逃してもらえるらしいけれど。

 そんな、ちょっと悪どい官憲がいたりもする尾垂界だけれど、棲み心地は悪くない。


 人間界が二十一世紀に突入してはや十数年が経つ。


 しかし人間界からやってきた動物たちの棲むこの世界では、数百年ほど前に近代化禁止令が発布された。

 そればかりか『いざ古きよき時代へ』のスローガンのもとに世界を挙げて大掛かりな施策が行われてきた。

 懐古主義万歳、というわけだ。


 そのため、人間界では当たり前のように使えたパソコンや携帯ゲーム機などの文明の利器を人間界から持ち込むことは当然禁止だ。

 そもそも電気が通っていないので、電化製品はこちらでは使えないし、充電できるものであっても、バッテリーがきれる度に人間界に充電をしに行くのは面倒なので、持ち込もうとする者もあまりいないはずだ。

 尾垂界と人間界を行き来するためには役所が発行する通行手形が必要なのだけれど、それを入手するにはわざわざ窓口に並んで手続きをしてもらう必要がある。


 中には、電池を使用するタイプのものを、大量の電池と一緒に持ち込み、闇ルートで流すツワモノもいるらしいけれど、所持しているのが見つかれば即逮捕というなかなか厳しい決まりがあるので、和茅は手を出したことがない。


 人間界では、ゲームにはまったこともあったんだけど……。


 ともかく、尾垂界にはけっこうきちんとした律法があって、それを執行する機関もある。それらが人間界の律法を見本に作られたのは間違いない。

 人間のいないこの世界で、動物たちが天敵である彼らの姿を、制度を真似るのは、あちらの世界の覇者である人間への憧憬によるものなのか、はたまた自分たちにだってできるんだ、という対抗意識の現われなのか。

 尾垂界ができて千年以上が経過した今では、その理由を気にする者など居はしないけれど。


 尾垂界。


 そこは一見人間たちの世界のように見えるものの、その実、人間に化けた動物たちが跋扈する世界なのだ。


   ※※※


「おい、そっちじゃねーよ。どこ見てんだ、莫迦。おまえ、ほんとトロいな」


 和茅が五叉路でちょっと迷った末、おそるおそる一歩を踏み出した瞬間、背後からキツいひと言がとんできた。

 声の主の名を歩智(ほち)という。

 青灰色の髪に黒い瞳。意思の強そうなきりっとした眉のこの少年は、三日ほど前に裏路地で和茅が踏んづけた件の少年に他ならない。


「え、じゃあ、こっち?」


(ちげ)えよ」


 振り返って訊ねた和茅に、歩智は容赦なく首を振った。


「えぇー。もう、わかんない。歩智、先に行ってよ」

「なんでおれが」

「なんでって……道がわかってるなら先導するなり、教えてくれるなりしてくれてもいいじゃない」

「やだね。おれはおまえの手下じゃないんだぜ。おまえがどうしてもおれに一緒に来てほしいって言うから、仕方なくこうしてついてきてやったんじゃねえか」


 歩智がしれっと言い放つけれど、微妙に事実が歪んでいるような気がする。

 そもそも、和茅は別にどうしても一緒に来てほしいと歩智に頼んだわけじゃない。


 ごろつきにボコられて倒れていた歩智だが、幸いにも大きな怪我はなかった。

 しかし彼は金を一銭も持っていない上に餓え死ぬ寸前だった。

 和茅は踏みつけたお詫びにと近くの宿に部屋をとり、歩智を泊めてやった。食事つき露天風呂つきの豪華な宿だ。


 風呂に入って泥を落とし、しっかりと食事をしてぐっすりと寝た歩智はそれまでの弱り方がまるで嘘だったように元気になった。

 耳を隠すだけの気力体力が戻り、どこからどう見ても人間の少年のようだった。

 これでひとまず尾垂界を歩いていても下手に目立つようなことはないな、と和茅は安堵したのだ。

 それに、最初はどろどろのぼろぼろだった歩智だけれど、さっぱりさせたらなかなか可愛らしい顔立ちをした少年だということもわかった。


 しかし問題は、歩智が文無しということだった。

 踏みつけたお詫びとしては一泊分の宿代で充分のような気もしたけれど、こんなに小さな少年を文無しのままこの尾垂界に放り出すのは和茅の良心が痛んだ。

 別れたあと、餓えて死なれては後味だって悪すぎる。


 それに責任をとる、と宣言してしまった手前もある。


 そこで「よかったら一緒に来ない? わたしもひとりよりふたりのほうが心強いし」と誘ってみたのだ。仕事を手伝ってもらえれば和茅だって助かる。

 そして歩智は「まあ、そこまで言うのなら」などと言いながら了承した。

 そこまでというのがどこまでなのかはとりあえず気にしないでおこう、とそのとき和茅はさらりと流しておいたのだけれど、その後、なんだかすごく理不尽な扱いを受けているような気がしてならないのはどういうわけだろう。


 その辺、はっきりさせておいたほうがよかったのかもしれない。

 和茅は全く働く素振りを見せない少年を見て、ひとつため息をついた。


「なんだよ? なんか文句あんのか?」


 偉そうだ。どこまでも偉そうだ。

 でもまあ、愛玩動物と思えば、腹も立たない、か……。

 ふてぶてしくて偉そうでただ飯食らいな歩智を、人手だと考えるから理不尽だと感じてしまうのだ。ただ連れているだけの愛玩動物と思えば、許せるような気がする。

 この考え方は、なんだか人間らしくていいような気もする。 


 うん、歩智はペット。歩智はペット。 


 和茅はそんな風に自分を納得させ、五叉路の残り二本のうちのひとつの道へと足を踏み出した。


 ――ものの、結局その道もはずれで、歩智に散々莫迦にされながら残りの道へ進むことになるのだった。

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