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白樺林

 歩智が採ってきた木の実で腹ごしらえをしたふたりは、湖畔をあとにした。兎にも角にも、現在地を把握する必要がある。


 林の中を、ふたりはいつものように黙々と歩いていた。

 幻北山ほど鬱葱としているわけではなく、傾斜もないので、とても歩きやすい。

 立ち並ぶ白樺の木は降り注ぐ月光をさえぎるほどではなく、足下がよく見える。


 尾垂界には夜行性の者たちも多く住んでいる。歩いていれば、誰かに会える可能性もある。

 それにしても平らな土地だ、と和茅は思った。


 白樺林のはるか向こうまで見渡しても、三百六十度、山の姿はどこにもない。幻北山はもちろん、南滑山もそれ以外の山々も。


 尾垂界は広い。

 一応地図はあるけれど、その外まで世界は続いていると言われている。

 今このときにも、冒険者たちが地図の外に飛び出し、その地図を広げつつあるのだ。


 ここが地図の外であるとするならば、正直、和茅にはどうすれば元の場所に――地図の内へ戻れるのかわからなかった。


 もし、こんな場所にたったひとりで放り出されていたら、きっとこんなに落ち着いてはいられなかった。


 和茅は数歩前を歩く歩智の背中を見ながら思う。

 この小さな背中に、自分はどれだけ助けられているのだろう。

 いつも不機嫌で偉そうな歩智だけれど、どこにいても動じる様子のない、変わることのない彼の態度が、ひどく頼りがいのあるものに思える。


 今も、迷いなく前へと進んでゆく。


 蒼月の光が、青灰色の髪の上できらきらと踊っていた。

 


  ※※※



 そろそろ白樺も見飽きたな、と和茅が思い始めたとき、突然歩智が足を止めた。

 ほとんど慣性で歩いていた和茅は急に止まれず、そのままどすんと歩智にぶつかって停止した。


「おい、気をつけろ」


 歩智が肩越しに鋭い視線を和茅に向けた。


「ご、ごめんね……」 


 謝りながらも、前方に視線をめぐらせる。

 特に、変わったことはないように見えるけれど――。


「誰かいる」


 低い声で歩智がささやくように言った。


「どこに?」 


 もう一度目を凝らして見ても、和茅には人の姿が見えないし、気配も感じられない。


「もう少し先だ。数は三。特に危険そうな気を振りまいているわけじゃねえけど、一応心構えだけはしとけよ。もしやばそうだったら即座に逃げろ。時間をかせいだら、おれも逃げる」


 そういえば歩智は、おれが闘ってやる、とか、倒してやる、と言ったことは一度もない。腕には自信がないと、本人も言っていた。

 それでも、和茅にとって歩智と一緒であることが心強いことに変わりはないけれど。


「今度はわたしが歩智を守るよ」


 幻北山では歩智に守ってもらった。だから今度は自分の番だ。

 歩智は大きく目をみはり、それから心配そうな表情を浮かべる。


「――やめとけよ。怪我するだけだぜ」

「大丈夫。勝てないと思ったら、すぐに退くから」


 言いながら太刀の鍔を鳴らすと、歩智が小さく息を吐いた。


「絶対だな?」

「絶対だよ。任せて!」


 和茅は右手で自分の胸をどん、と叩いて請け合った。

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