山から湖へ
ばっしゃーんっ!!
体をなにかにしたたかに打ちつけた。
と思った次の瞬間、勢いのついた体はそのまま深く深く沈んでいってしまう。冷たい。呼吸ができない。空気を求めて開いた口に、なにかがながれこんでくる。
水だ!!
和茅は慌てて水面に出なければと手足を動かそうとして、体が思うように動かないことに気づいた。
歩智に抱きしめられたままなのだ。
じたばたする和茅の背中を、ぽんぽんと優しく叩く手があった。歩智だ。
混乱していた和茅は、その手のおかげで少し冷静になることができた。暴れるのをやめ、歩智に身を任せる。
水の中で、歩智と目が合った。
歩智は少しも慌てていないようだ。
歩智は和茅から体を離すと、その手を引いて水面を目指し、泳ぎ始めた。
和茅もその腕に引っ張られながら、足をばたばたと動かして進む。
「ぷはあっ!」
水面から顔を出し、和茅は大きく息を吸った。
危うく空気が足りなくて死んでしまうところだった。
立ち泳ぎをしながら呼吸を落ち着かせ、周囲を見渡す。
光の届かない真っ暗な空間を通過してきた和茅たちが落ちたのは、どうやらどこかの湖のようだった。
頭上には、朱色に染まった空が広がっている。
「え……」
和茅は驚いて、見間違いじゃないかと何度も瞬きをした。
自分たちは山中にあった亀裂の中に落ちたはず。
けれど頭上には、周囲には、山の陰すら見えない。
湖は林に囲まれているようだけれど、天を突く幻北山の姿はどこにもなかった。
カア、カアと鳴きながら、カラスが和茅の頭上を飛んでゆく。
ついさっきまで夜中だったのは間違いないはずなのに、落下しているあいだに夕刻に逆戻りした――?
尾垂界の住人の中には、九尾十尾の生き物もいる。そんな彼らなら、時間を戻す術を会得しているかもしれない。でもこれは……。
「瞬間移動、か?」
歩智がぼそりと呟き、和茅も同じことを考えていた。けれど和茅にはそんな能力はない。
「歩智がやったの?」
「違えよ」
「じゃあ、どうして……」
「あの亀裂の中とここの上空とがつながってたんだろ。――ひとまず、水から上がろうぜ。あそこの岸まで泳げるか?」
「たぶん……」
「よし。じゃあ先に行け」
和茅は自分たちのいる場所から一番近い岸を目指して泳ぎ始めた。ちらりと背後を振り返ると、歩智がいつもの仏頂面でついてきているのが見えてほっとする。
再度前を向き、和茅は泳ぐことに集中した。




