二年前
半日かけて中腹まで上った山を、また半日かけて下る。
しかも、なんの成果もなしに。
普段なら心が折れてしまいそうな状況だけれど、今、和茅の足取りは軽かった。
実は、今回の『柄杓』探索が失敗に終わったことからは、それほど衝撃を受けてはいないのだ。
確かに、紺が尾宝と一緒に消えてしまったことは残念だし、肉体の疲労も倍増したように感じたけれど、そう簡単に見つからないのが『珍尾宝』だと思うし、紺が入手できる情報なら他のハンターたちも知っている可能性はおおいにあった。
それに、今回の計画は紺におんぶに抱っこの状態だったから、当然、紺になにかがあれば予定通りにことが進まないだろうことも考えていた。
今回は、幻北山の下見だったのだと考えれば、山の様子を知ることができてよかったといえる。
月のきれいな夜だった。
月明かりが幻北山に降り注ぎ、夜目の利く和茅たちはもちろん、夜目の利かない者でも充分に周囲の様子を把握できるだけの明るさがある。
今は、和茅の前を歩智が歩いている。
その背中で、歩智がふもとで買ってきた荷物の包みが揺れている。
中身を見せてくれなかったので、実はちょっとなにが入っているのか気になっているのだった。
それにしても、と和茅はその背中を見ながら思う。
歩智のあとを歩いていると、その小さな背中がなんだかとても頼りがいのある背中に見えてくるのだ。
夜の幻北山に在りながら、さほど恐怖は感じなかった。
さっき見せてくれた歩智の優しさを思い出すと、胸がきゅっと苦しくなる。
いけない、いけない、と和茅は頭をふるふると振った。
他人に頼らなくてもいいように、自分がしっかりとしなければ――。
「なにやってんだよ」
声をかけられ頭を振るのをやめると、立ち止まり振り返った歩智が呆れた顔で和茅を見ていた。
「え? あ、えーと、ちょっと反省を」
「あっそ。そりゃあいい心がけだ。別に、二年前になにがあったのか、なんて訊きゃあしねえけどさ、もうちょっと警戒したほうがいいと思うぜ」
それだけ言うと、歩智はまた前を向いて歩き始めた。
二年前――。
紺とのことを言っているのだと、すぐに察しがついた。
※※※
二年半ほど前、紺と出会ったときのことを、和茅はよく覚えている。
ちょうど、この前の『通草』を見つけたときとよく似ていた。
尾宝がありそうな場所をうろうろしているときに、紺と偶然はちあわせたのだ。
尾宝を見つけたのはほぼ同時だった。
譲り合い、じゃあ儲けは半々で、ということになった。
一緒に尾宝商人のところに行くまでのあいだに、いろいろなことを話した。
尾宝ハンターになってからの苦労話、尾垂界の様々な裏情報、故郷のこと、そして和茅の尾宝感知能力のことも。
そしてどちらも集団には所属せず、ひとりでハンターをしていたことから、一緒にやってみようという話になったのだ。
半年のあいだに、ふたりでたくさんの尾宝を発見した。
その中でも一番の大物だったのは、なんといっても『桶』だ。
『桶』に近づいたときの、和茅の尾の反応はすごかった。
あまりにすごかったので、その衝撃で気を失ってしまった。
幸い、すぐに気がついたし、二度気絶することはなかったけれど、それでも『桶』の近くにいると体中がびりびりして、それに耐えるのが大変だった。
ふたりで近くを探し回り、とうとう『桶』を発見した。
売ろうにも、個人の尾宝商人相手では『桶』に見合う金額を用意するのは難しい。
そこで、尾頭宮に届け出ることになった。
そして――。
一緒に届け出よう。
そう話していた翌日、紺は『桶』と共に姿を消していた。
数日後、尾頭宮から珍尾宝『桶』が発見されたという公式の通達が出された。
発見者の尾宝ハンターの名は楼。
今でこそ『尾の一』は有名だけれど、当時はまだ無名の尾宝ハンター集団だった。
珍尾宝を尾頭宮へ届けた際にもらえる礼金はかなりの額になる。
また、発見者が得る名声もすごく大きなものなのだ。
楼は一躍、その名を尾垂界に轟かせることになった。
どうして『桶』が楼の手に渡ったのか、和茅は知らない。
どうして紺が姿を消したのかも。
その後紺とは連絡が取れなくなり、和茅は紺と出会う前のようにひとりで行動をするようになった。
再会したあとも、結局二年前のことに関して紺に訊く機会はなかったし、訊き出す気もなかった。
寝ているあいだに『桶』が誰かに盗まれ、それに気づいた紺が追って行ったのかもしれない。
けれど取り返せず、どういうわけか楼の手に渡ったという可能性だってあるだろう。
もちろん、それ以外の可能性も。
それは、本人に問いたださなければわからない。
でもわからないままでもいいと思っている。
ただ言えるのは、和茅は元気な紺と再会できて嬉しかったということ。
それは恋愛感情とかそういうものではなくて、懐かしい知人との再会が、素直に嬉しかったのだ。
再会を喜びたかった。昔と変わらないやりとりがしたかった。
昔のことを蒸し返して、気まずい空気になるのが嫌だった。
だから『桶』のことなど忘れたようにふるまった。
紺も、話そうとはしなかった。
和茅には、尾垂界に親しいと言える人がほとんどいない。それは集団に所属しないハンターだからというのもあるし、人付き合いが苦手だということも関係していると思う。
紺は信頼度という点においてその評価は著しく低いけれど、和茅にとっては気心の知れた、貴重な存在なのだ。
物事を曖昧なままほうっておくのはよくないことだと思う。
でも、はっきりさせることで失うものがあるのなら、曖昧なままにしておきたいと、和茅は思う。
確かに、紺は親切だし優しいけれど、優柔不断で目の前の誘惑に弱いところがある。
けれど、根っからの悪人ではない。
和茅はそのことを知っている。
困った人だなとは思うけれど、結局は許してしまうのだ。
和茅は他人を信じない。歩智は和茅が人を疑わないというけれど、それは和茅が善人だからというわけじゃない。
ただ単に疑うほど相手を信用していないからだ。
裏切られてもいい、裏切られて当然。
最初からそう考えて、自分が被る被害を計算した上でつきあえば、少々痛い目をみても仕方がないと諦められる。
相手にそれほど期待していない。
ただ、それだけのことなのだ。




