徒労
「おまえ、本当に単純だし、人を疑うってことをしねえよな」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「疑う基準が甘いんだよ、莫迦」
「莫迦って……」
「おれは最初から疑ってたぜ。おまえがいるところにあいつが来たのは偶然か? 偶然再会して、偶然一緒にこの山に来ることになったのか? あいつは本当に『柄杓』の場所を知っているのか? あいつの目的はなんだ? ってな」
歩智がつらつらと幾つかの事柄を並べ立てた。
和茅はごくりと唾をのみ込む。
「ぐ、偶然じゃないかな……?」
返事は、和茅が思っている以上に弱々しいものになってしまった。
「今、おまえの尻はまだぴりぴりしてんのか?」
小さく息を吐いてから、歩智が問う。
答えを返そうとして、和茅ははっとした。
お尻のぴりぴりが止まっている。
どういうこと!?
混乱が顔に出たのだろう、歩智がやっぱり、という表情を浮かべる。
「尾宝の場所が移動している、そういうことだな?」
問われて和茅はこくりとうなずいた。うなずきながら、その意味を考える。
和茅は先ほどの場所から動いていない。
今、尾宝の気配が感じられないということは、尾宝が和茅から遠ざかっているということに他ならない。
「紺よりも先に、他の尾宝ハンターが見つけちゃったのかも……」
「それだったら、あいつは尾宝を発見できずにとぼとぼとこっちに戻ってくるはずだろうけど――あいつのにおいは離れていく一方だぜ? このくせえ大蒜臭の中でも、そのくらいのことはわかる」
和茅も紺のにおいを追おうとしたけれど、『大蒜』のせいで鼻がほとんど役に立たない。
「なにか事情があるのかも。急用ができたとか……」
「かもな。でも、おれはあいつが尾宝を見つけてとんずらこいたって線を押すけどな。どうする、和茅。このままここにいても、きっとあいつは戻って来ないぜ。おれたちは『柄杓』の在り処を知らされていない。これ以上の探索は無理だ」
「そう……だね……」
和茅は紺の消えた方角を呆然と見つめる。
なんだかどっと疲れを感じて、思わずしゃがみこんでしまう。
「今なら、まだあいつに追いつくことができる。追うか?」
歩智が思いがけず優しい声音で和茅に訊く。
追って、それでどうすればいいんだろう。
事情を訊き出す? 『柄杓』の在り処を教えてもらう?
でも、こうなった以上、紺が在り処を知っている可能性は低いように思われた。
「追わない。無駄に体力使うほど余裕ないもの」
「無駄って……放っておいていいのかよ? なんなら、おれがひとっ走りして捕まえてやってもいいんだぜ?」
「ありがとう。でも、いいの。ごめんね、歩智。臭いのを我慢してここまで来たのに、無駄になっちゃった」
和茅は苦笑を浮かべ、歩智に謝った。
自分も疲れているだろうに、追おうかと訊いてくれる歩智の気持ちが嬉しかった。
そんな歩智の瞳にはいつになく和茅を気遣う色が浮かんでいる。
「いや。おれは最初から期待してなかったし、別にかまわねえけど。んじゃ、ひとまず下山するか――っつっても、もう日が沈むな」
歩智が朱色に染まった空を見上げながら言った。
「……ごめん」
申し訳なくて再び謝ると、和茅のすぐ傍に歩智が屈んだ。
目の高さが同じくらいになる。
「いや。おれは夜目が利くほうだけど、おまえは?」
「わたしも大丈夫」
「じゃあ、日が暮れても動けるな。ちょっと休んでから下りようぜ」
歩智の手がぽん、と和茅の頭の上に置かれた。
けれどその手はぎこちなく、一瞬で離れてしまう。
あっ、と和茅が思った瞬間、歩智はすっくと勢いよく立ち上がっていた。
「さあーて、休憩、休憩」
歩智は和茅から少し離れた場所まで歩いてゆくと、ごろんと横になる。
和茅はついさっきまで歩智の手が触れていた髪を自分の手でそっと触れた。
歩智が頭を撫でてくれただけで、気持ちがふっと軽くなったような気がする。
「歩智、ありがとう」
和茅が礼を言うと、返事をするのが面倒だったのか、歩智は寝転がったまま片手を上げてひらひらと振った。




