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どこから虫を?

 ぶぐぇっ


 という変な音が歩智のほうから聞こえた。

 驚いて見ると、ついさっきまで仰向けに転がっていた歩智が、和茅に背を向け、げほげほと咳き込んでいる。


「ほ、歩智っ!? 大丈夫? 口の中に飛び込んできた虫でも喉に詰まらせた? それとも持病の喘息の発作? ええと、ええと……それともあまりの臭さにとうとう嘔吐するほどに気分が悪化したとか!?」


 和茅は歩智に近寄り、その背にそっと触れた。歩智が嫌がる素振りを見せないので、そのままゆっくりと背をさする。

 やがて、けほけほとまだ少し咳が残るものの、なんとか身を起こした歩智は、呆れたような目で和茅を見た。


「だ、大丈夫?」

「おれがひょろひょろ飛んできた虫を喉に詰まらせるような間抜けに見えるか?」

「違った?」

「当たり前だ。それに、持病の喘息ってなんだ?」

「喘息……じゃあないみたいだね。よかった」

「それで……最後はなんだって?」

「『大蒜』の臭さに気分が悪くなったのかなあって思ったんだけど、それもはずれ?」


 和茅が様子をうかがいながら訊くと、歩智は深いため息を吐いた。

 どうやら全部はずれたらしい。


「おまえさ……」

「なに?」


 咳の止まった歩智が、まっすぐに和茅を見ていた。その距離の近さに、和茅はどきりとする。耳が赤くなるのが自分でもわかった。


 普段、歩智とはあまり目を合わせる機会がないから、慣れていないのだ。


「おまえ……」

「なっ、なにっ!?」


 ふいに歩智の顔が大人びて見えて、和茅の心臓はもうこれ以上もたないというほどにばくばくし始める。

 歩智の伸ばした手が、そっと和茅の頬に触れ……そうになったその瞬間、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。


 がばっ、とふたりは弾けるように離れる。


 すぐに、木々のあいだから紺が姿を現した。


「この先だけどさー……って、ん? 和茅、どうした? 疲れでも出たのか? 顔が赤いけど?」

「えっ!? あ、ううん。なんっ、なんでもないの。ちょっと虫に驚いて!」

「虫に? もともと山が棲み処のおまえが?」


 紺が不思議そうに首を捻る。


「そうなの。えーと、突然歩智が口の中からぼわあっ!! と怪しげな虫を吐き出してね、それで驚いたの! ね、歩智!」


 咄嗟に口をついて出たのは、そんな嘘だった。突然矛先を向けられた歩智がぴくり、と眉を上げたけれど、無言のまま不機嫌そうな顔でうなずいた。


「口から虫を、ねぇ?」


 そんなふたりの様子を見て、紺は面白そうに笑ったのだった。


「おまえもっと上手く誤魔化せなかったのかよ」


 どうやら道は間違っていないらしい、と紺から報告を受けた和茅たちは、更に山奥へと進んでいた。

 先頭を紺が、その後ろを和茅と歩智が並んで歩いているとき、声をひそめて歩智が言った。


「だ、だって、焦ってたから、咄嗟に頭の中に浮かんだのがそれだったんだもの」

「おまえの頭は不思議すぎるんだよ。ってか口から怪しげな虫を『ぼわあっ』と吐き出すおれはいったい何者だっつーの」

「ご、ごめんねぇ」


 両手を合わせて、和茅はぴょこりと頭を下げた。

 そんな和茅を見て、歩智がやれやれという顔をして息を吐く。


「まあいいけどな。おれだって、あんなやつにどんな風に思われても、別に構わねえし」


 歩智はそう言うと和茅から視線を逸らしてしまう。


「これからは気をつけるから!」


 なにをどう気をつければよいのか実はよくわかっていなかったけれど、とりあえずいろいろと気をつけよう、と和茅は思うのだった。

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