少年(のようななにか)を踏みつける
和茅は、注意深く周囲に目を配りながら裏通りを歩いていた。
灰褐色の長い髪を後頭部でひとつに束ね、動きやすいという理由から水干を身につけているけれど、これはひと目で女であると見極められるのを防ぐためでもある。
女のひとり旅は、危険なのだ。
更にいうなら、このあたりは尾垂界の中ではあまり治安のよくない一帯なので、スリや荒く
れ者が多い。いつも以上に警戒しなければならない場所だった。
和茅は用心のため、太刀の柄にそっと手を添えながら先を急ぐ。
道の両脇には古ぼけた長屋が並んでいるが、どの戸もぴったりと閉められている。
それはこの通りの物騒さ故なのか、それとも後ろ暗いところのある連中が多く住んでいる故なのか。
どちらにしても、あまり長くいたいと思える場所でないことは確かだった。
どうかなにも起きませんように。
そんなことを考えつつ、立ち並ぶ建物の様子を窺いながら歩いていたら、むにゅっとした変なものを踏んでしまった。
おまけに「ぎゅふっ」というおかしな音も聞こえた。
ぎょっとして草鞋を履いた足の下を見ると、ボロ布の小山が地面にへばりつくように出来上がっている。
通りの掃除はきちんとしてくれないと困るなぁ、なんて思った矢先、ぴくりとそのボロ布が動いた。
「ひゃっ!」
和茅は乗せたままだった足を慌ててどけて、ボロ布の小山をまじまじと見つめた。
「……人?」
どうやらこれはボロ布の小山ではなく、ボロボロになった衣を身に纏った子どもだったようだ。
衣どころか髪も肌もボロボロの泥だらけだったものだからすぐにはわからなかったけれど、よく見ればうつぶせに倒れた子どもの、なにも履いていない足の裏が見えていることに気づく。
続いて髪の毛のあいだから三角形の耳が飛び出していることもわかった。どうやらなんらかの事情があって、耳を隠した状態を維持するのが難しかったらしい。
「ごっ、ごめんねっ!」
和茅はしゃがみこむと、急いで子どもを抱き起こした。子どもは小柄な男の子で、十を幾つか過ぎたくらいの年齢に見える。
泥のこびりついた顔からは血の気が失せ、眉は苦しそうにしかめられている。耳はぺたん、とすっかり伏せられてしまっていて、とても痛ましい。
「どうしてこんなことに……。大丈夫?」
自分の衣の袖で泥を拭いてやりながら話しかけると、少年の口が微かに動いた。
「え、なに? 話せるの?」
その口もとに耳を近づける。と、擦れた声が聞こえた。
「お、ま、え、の、せ、い、だっ……! 責任、とれ」
予想外の言葉に、和茅は瞬きをした。
「え? わたしっ!?」
数瞬遅れて驚きの声をもらす。
和茅としては、何故少年がこんなボロボロの状態で地面に転がっていたのかを訊いたつもりだったのだ。
だってどう考えても、自分のひと踏みで、男の子がこれほどボロボロにはなるわけはない。
和茅が踏む前からボロボロだった可能性が高いはずだ。
けれど、自分が踏んづけてしまったこともまた事実だった。
それが弱っていたこの子に追い打ちをかけてしまった可能性は大いにある。
そう考えると、やっぱり自分のせいなのかも、という気がし始めて、和茅は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして――。
「ご、ごめんね。わかったよ。わたし、責任とる」
和茅は出会ったばかりの少年を抱いたまま宣言したのだった。




