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そうして神はオチる  作者: 十秋 一世
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6.花嫁~エピローグ

六.花嫁


 ユーフェミリアは宙を漂い、待っていた。

(本当、やな女……)

 ラヴィのことを思い、ユーフェミリアは胸の内でぼやいた。

 自分の愛したアガペを奪い、そして、再度生まれ変わっても、自分から彼を奪い続けるその姿に、ユーフェミリアは吐き気がした。ユーフェミリアは嫉妬深い女神だった。

(でも、何回も殺せたのは気分が晴れたわ。――あとは、アガペが目を覚ませば、言うことないのだけれども)

 そう思っていると、ユーフェミリアはあらかじめ張っておいた結界にファウストたちが引っかかったのに気が付いた。

(あっ! かかった……ふーん。今度は東側ね)

 それは最初に逃げた方向である。森の東側。その先は草原だ。

「さて、殺しに行きましょうか」

 ユーフェミリアはウキウキとしながら空を飛ぶ。

 そして、あっと言う間に森の東に辿りつくと、眼下にいるファウストたちをすぐに見つけた。

 悪魔の姿は見えなかったが、ユーフェミリアは気にしなかった。所詮、契約が済んでいないあの悪魔は虚像。いてもいなくても、ユーフェミリアは関係が無い。

 ファウストがラヴィの手を引き、走っている姿を見つける。

 ユーフェミリアは試しに周囲の気配を探ってみる。辺りには特に他の人の気配が無く、二人は上手く逃げられているようだった。

「なら、私が直接手を下すしかないわね。さてと、今回はどうやって殺しましょう? 獣を嗾けるのはもうやった。矢も芸がない。雷を落とすのには時間がかかるし、あとはそうね、超常現象でも起こして、あの女に流れる血を沸騰でもさせようかしら? うふふっ! あぁ、すごく楽しい! 考えるだけでわくわくするわっ!!」

 ユーフェミリアはまるで悪魔のような笑みを浮かべ、恍惚の表情を浮かべた。

 その脳裏には苦しむラヴィの姿。それを思い浮かべるだけで、ユーフェミリアは楽しかった。

「あぁ、決めたわ決めた! あの女の服を燃やしましょう! 醜く肌を爛れさせ、その美しい髪を縮れさせて、苦しみながら、汚く殺すっ!! これならアガペも目が覚めるわっ!!」

 ユーフェミリアは自分の考えに酔いしれていた。

 そして実行に移す為、ファウストとラヴィに近寄った。

 その時だ。

「――ユーフェミリア? いるんだろう?」

 ファウストがそう声を上げた。

 彼は立ち止まっている。

 そして宙を見ていた。

 ユーフェミリアは名前を呼ばれて驚いた。驚いたが、それと同時に嬉しくなった。

 すぐさまファウストの目の前に降り立った。

「何? アガペ」

「……やっぱりいたか」

 突然の登場に驚いた様子をしていたファウストだったが、しかし、ユーフェミリアの姿を見て、顔を硬くさせた。

 それにユーフェミリアは苦笑する。名前を呼んで驚くなんて、なんて可愛い、と。

「私を呼んだってことは、ようやく神に戻るのを決めたのね? その女を捨てて」

「……いや、違う」

 ユーフェミリアの問いに、ファウストはそう答える。

 それにユーフェミリアは先ほどまで高揚していた気持ちが一気に沈んだ。

 浮かべていた笑顔を引込め、無表情になる。

 そして、ファウスト、それから、ラヴィを睨んだ。

「じゃあ、仕方がないわね……その女を殺しましょう……そうすれば、貴方も分かるでしょうから」

「そんなことさせない。愛香は俺が守る」

 ファウストはそう言うと、杖を構えた。

 それを見て、ユーフェミリアは失笑する。

「あはははっ! 馬鹿ね、アガペ! 神の私に、魔法なんて効くわけないじゃない? 何をしても無駄よ。人間の身では、私には絶対に勝てない」

「……やってみないと分からないだろう?」

 ファウストはそう言うと、炎の魔法を解き放った。ユーフェミリアはそれに笑みを湛えながら、腕を振るって消し去った。しかしファウストは、次々と魔法をユーフェミリアに向かって放つ。その数は十数個、いや、数十、数百を超える魔法弾であった。火炎弾がファウストの周囲にいくつも生まれ、それがユーフェミリアに向かう。

 しかし、ユーフェミリアはそれらをすべて着弾する前に消してしまう。

 ユーフェミリアはその髪の毛一本さえも傷ついてはいなかった。

 やがて、火炎弾は止まる。

 ユーフェミリアは動きを止めたファウストを見て、口を開いた。

「あらあら、もうおしまいなの? やっぱり、人間の体っていうのは不便ね? 魔力を一定以上溜めておけないのだから。私たち神と違って、空中にある魔力をそのまま取り込めればいいのにねぇ」

「はぁ……はぁ……」

「アガペ、考え直さない? もしこのまま一緒に天界に戻るというのなら、その女は見逃してあげるわ」

 ちらり、とユーフェミリアはラヴィを見る。

 ラヴィは怯えたように震え、ファウストの背中に隠れるようにした。

 それは気に入らなかったが、ユーフェミリアはひとまず、ファウストに甘い言葉を吐きだした。

「天界はとっても素敵なところよ? 皆が憧れる場所。私がとりなせば、すぐに貴方も神に戻れるわ。ねぇ、アガペ。こんなつまらない世界のつまらない女と一緒にいるなんて、損するだけよ? ね? 一緒に天界へ行きましょう」

 ユーフェミリアは誘う。

 息を切らしているファウストはユーフェミリアの言葉を最後まで聞き、そして、ファウストは手に持っていた杖を大地に落とし、ユーフェミリアに向かって静かに歩きはじめた。

「ああ、天界か……」

「ええ、天界よ」

 ユーフェミリアはファウストのその姿に期待し、喜んだ。

 腕を広げ、ファウストがこちらに来るのを待つ。

 ファウストの背後にいるラヴィが絶望を湛えた顔をしているのもいい。「はじめ君!」なんて、前世での名前を呼ぶラヴィが、最高に愚かで、ユーフェミリアは面白かった。

 ファウストはユーフェミリアの腕の中に入る。

 それに慈愛たっぷりの笑みを浮かべ、ユーフェミリアはファウストの体を抱きしめた。

「やっと分かってくれたのね……さぁ、天界に行きましょう……!」

 そして、ユーフェミリアが力を発揮しようとした瞬間、

「天界になんて、俺には興味無いね!」

 と腕の中のファウストが言った。

 そしてファウストの左手がユーフェミリアの胸を押した。

「ざーんねんだけどー、お前がここで死んでくれねぇ?」

 にやりと笑うファウストは、懐から取り出したナイフを振り上げ、そのまま自分の左手ごとユーフェミリアの胸を貫いた。

 ファウストの手から赤い血が流れ落ちる。それはナイフを伝い、ユーフェミリアの胸を濡らした。ナイフで開けたユーフェミリアの胸の傷へとファウストの血が注ぎ込まれる。

 それを見て、ユーフェミリアは眉をひそめた。

「……これは、何?」

「んー? 穴、開けてる」

「それは分かってるわ。私が聞きたいのは、そんなことをしても無駄ななのに、何をしているのか聞きたかったの」

「あれ? マジで? これ、無駄だった?」

 ファウストはきょとんとした表情でユーフェミリアを見た。

 そしてファウストは顔を歪めた。

「おっかしーなー。これでお前殺せると思ったんだけど」

「おかしなことを言うのね、アガペ。魔法で殺せないのよ? ナイフ如きで私を殺せるわけないじゃない」

「ふむ……そうかー。じゃあ、どうしようかなー」

 ファウストは困惑した様子をしていた。

 だが、それでも右手に持ったナイフはさらに力を込めて、さらに深く左手ごとユーフェミリアの胸を深く貫いた。

 ユーフェミリアはさすがに違和感を感じた。

 ファウストの行動を止めさせようと、その血濡れている左手に触れた。と、その時、ユーフェミリアは痺れを感じた。

 驚いて、手を放す。

「な、に……?」

「あっ、ようやく効いてきた~? よかったよかった。これで効かなかったら、俺、困っちゃうところだったよ~」

 ユーフェミリアの反応に、ファウストはにこにこと笑った。

 それにユーフェミリアは冷や汗を流した。

「貴方……アガペじゃないわね……もしかして、あの悪魔?」

「不正解~。俺はファウストだよ。お前の言うところの、アガペ。だけど……」

 彼は不敵に笑って、ナイフを引き抜いた。

 穴が開いた血濡れた左手でユーフェミリアの顔面を掴んだ。

「ひっ!」

 ユーフェミリアの顔が血まみれになる。

 慌てて身を引き、ファウストから距離を取った。

 慌てて血を拭おうとするが、体が痺れだしてきて、腕が言うことを効かなかった。

「なっ、なんなのっ?」

 驚きの声を上げるユーフェミリア。

 ファウストはそれに皮肉気に顔を歪めた。

「俺は悪魔になったんだよ、ユーフェミリア。使い魔の悪魔に俺の体を生贄にしてなっ」

 そう言いながら、ファウストは自身の手を流れる血を舌で舐め取った。その舌は先端が二つに割れていた。

 それにユーフェミリアはゾッとする。

「アガペ! あなた、自分が何をしたか分かってるの!? 神が人間になって、悪魔に堕ちたなんて、前代未聞よっ!?」

「仕方がないんだよ~、ユーフェミリア。俺は愛に生きるために、この方法を取るしかなかったんだ。お前のことが邪魔だったからな」

 ファウストは笑う。

「なぁ、知ってたか? 神さまは悪魔の血を浴びると、死んじまうんだって。俺は知らなかったけど、俺の使い魔がその情報を知っててなぁ、教えてもらったんだ」

「なっ!?」

「その様子だと知らなさそうだな。悪魔の血を浴びて神さまが死ぬときってのは、えげつないだって。手足が痺れだして、血を浴びたところから腐臭がはじまる。空を飛んで助けを呼ぶことは叶わず、仮に空を飛べる力が残っていても、その汚れた体はもう天界は受け入れてくれないんだとよ。朽ちて終わる。性根が腐ったお前には最高の結末じゃね?」

 ファウストから聞かされたそれにユーフェミリアは背筋が凍った。

 確かに体全身が痺れだした。胸の穴からは腐った肉のような臭いがしはじめた。顔についた血の部分も、なんだか熱を持っているように感じられた。

「いや、そんな、こんなことって……っ! 私はただ、貴方のためを思って!!」

「俺のために、俺の愛する人を殺すっていうのは、俺の事を思ってじゃない。お前のただの嫉妬だろ。――いいから、もう死ね。これ以上、汚い言葉を喋られても不快なだけだ。クズ女」

「ひっ、ぐぅ……ッ!!」

 ユーフェミリアはファウストの言葉に驚愕の表情を浮かべ、そして、涙をぽろりと流した。

 そして怒りの表情を浮かべると、キッと、ラヴィを睨んだ。

「あんたのせい、よ。全部全部っ! こんなことになったのは、あんたのせいなんだからっ!!」

 ユーフェミリアは震える腕を持ち上げ、最後の力を振り絞り、金の弓矢をそこに出現させた。そして、ラヴィに狙いをつけたかと思うと、すぐにそれを放った。

 誰も反応が出来なかった。

 ファウストも油断していたし、ラヴィも油断していた。

 その女神が放つ金の弓矢はラヴィの胸に真っ直ぐに吸い込まれ、そして、ラヴィは倒れた。

 それを見て、ユーフェミリアは胸がスッとした。

「あはっ! いい気味! あんたなんて、あんたなんて、アガペの隣は似合わな――」

 そこでユーフェミリアの言葉は止まる。

 ファウストに首を切り落とされたのだ。

 悪魔の血で濡れたナイフの刃によって。

 ファウストはこの世のものとは思えない憎しみのこもった表情でユーフェミリアの骸を一瞥し、すぐにラヴィの下へと駆けた。駆けつけたファウストはラヴィの上半身を抱き上げた。

「愛香っ! 愛香っ!!」

 神が放った弓矢はもう消えて無くなっていた。

 だが、ラヴィの胸にはぽっかりと穴が開き、血は止まることを知らずドバドバと流れ出て、ファウストの膝を汚した。

「くそっ! くそっ! 一体、何のために、俺は、悪魔になったんだっ!! 愛香、愛香、お前がいないと俺は駄目になるんだっ!!」

 声を掛けるファウスト。その眼からは涙が流れ落ちる。その涙がラヴィの頬に落ちた。すると、ラヴィは薄っすらと瞳を開いた。

「ぁ……はじ、めくん」

「あああぁぁぁ、愛香! 愛香っ!」

「はじめ、くん……」

「愛香、痛いか? 苦しいか? 死なないでくれ、あぁ、ずっと俺の側にいてくれっ」

 ファウストは涙を流しながらラヴィに懇願した。

 しかし、それは言っても無理なことだった。

 ラヴィは意識が薄れ始める。命の限界が近付いていた。

「はー……はー……」

「あいかぁ」

「あの、ね、はじめくん……わたしをね、あなたの……およめさんに、して?」

「あい、か?」

「ねぇ、キスをして……わたしを、あなただけのものにして……?」

 ラヴィはそう言って微笑む。

 それにファウストは愕然とした。

 ラヴィはそして、目を閉じる。

 ファウストはその閉じられた唇を見つめ、そして、そっと触れた。

 ラヴィが願ったようにキスをする。

 ラヴィはフッと息を吐き出したかと思うと、急に体を冷たくさせた。

 腕はぐったりとしていて、首はかくんと後ろに倒れ、ラヴィは絶命した。

 ファウストはその事実を受け止めるのが辛く、ギュッとラヴィの体を抱きしめた。

「あいか……あいか……」

 嘆き悲しむファウスト。

 悪魔に回復魔法はない。蘇生の術も無い。神のように時間を操る術も使えなかった。

 何か、ラヴィを救う方法は無いか。

 ファウストは考える。

 考えて、考えて、そして、最後の手段を思いついた。

 それを思いついたファウストは悩まなかった。

「愛香……一生、一緒にいような……」

 そう囁いて、ファウストは意識を自分の体の中にある強大な力に向ける。

 そして、ファウストは力を使うのだった。



エピローグ


 街道は二手に分かれていた。

 若い夫婦と思わしき男女がそこで立ち止まっていた。

 それを見かけた馬車の業者の男は声を掛ける。

「おい、あんたたち、街に行くなら左の方だぞ」

 すると、男の方がこちらを向いて、にこりと笑った。男は青年といった年齢で、目元のホクロが印象的な随分と顔が整った人物である。

「ああ、そうなんですね。教えていただいてありがとうございます」

「なんだったら、おれも街に行くから、後ろに乗っていくか?」

 業者の男は親切心からそう聞く。

 すると、青年は首を左右に振った。

「いえ、私たちは右の方に用事があるので」

「右の方って……そっちは森しかないぞ? 誰も住んでない。森を抜けたって、荒れ地が広がるだけだ」

「えぇ、ちょっと野暮用でして……」

 業者の男は青年の言葉に不思議に思ったが、だが、詮索は無粋だと思い、それ以上は尋ねることもせず、「気を付けてな」とだけ言った。

 すると青年は礼儀正しく頭を下げ、「行こう、アイカ」と隣に立っていた女性に声を掛けた。

 青年も美形だが、女性もすこぶる美形だった。金髪の豊かな髪をまとめ上げ、うなじがセクシーである。宝石のような青い瞳。無表情のその彼女はどこか作り物めいていた。

 業者の男は不思議な二人組だと思いながら、馬の手綱を振った。

 しばらく走らせてから、男は振り返る。

 もうその二人組の姿はなかった。





「今日は天気が良くてよかったな、愛香」

 青年――ファウストはそう隣を歩く女性――ラヴィに声を掛けた。

「…………」

 しかし、ラヴィは返事をしない。真っ直ぐ前を向いて足を進めるだけだ。

 それを見て、ファウストは少し寂しくなる。

 あの時、死んだ彼女。

 彼女に仮初の命を与え、自分の隷属化に置き、ゾンビ化させた。

 そうすれば一見して彼女は生き返ったように見えた。

 だが、所詮は仮初。

 彼女の体には魂はない。

 こちらの簡単な言葉は理解できるが、感情は欠落し、深く思考をするということができない。

 その為ファウストは、彼女をより元の状態に出来るよう、北の魔女のところへ向かっていた。

 魂を呼び出すのが上手いという噂を聞き、その北の魔女にラヴィの魂を呼び出してもらい、ゾンビ化した体にまた入れようと考えたのだ。

 上手くいくかは分からない。

 だが、これしかファウストは方法が思いつかなかった。

 どうせ悪魔となった体だ。

 時間はいくらでもある。

「…………」

 隣を黙々と歩くラヴィを見て、ファウストは苦笑する。

「君を追って、ここまで来たけど……不思議と後悔はないんだ……」

「…………」

「好きだよ、愛香」

「…………」

 愛を囁いても返事は無い。

 ファウストはそれでも満足する。

 恋に落ちた自分は、彼女の隣にいられるだけでよかったのだから。



END

お付き合い、ありがとうございました。

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