森深き エルフの里で 定食屋(予定)
私は今、濃い緑の森の奥で、やけにパーソナルスペースが狭い超絶美しいエルフと、定食屋を営む準備をしております。
書店の店員をしていたのに、人生とは不思議なものです。
こうなった経緯をお話しましょう。
私は、樋口明希。23歳、独身彼氏ナシ。親元を離れ、念願の本屋に勤めてまだ1年。何とか、仕事も覚えて楽しく生きてました。
その日、勤めている書店の、閉店時間0時を超え、私は、レジを閉め、バイトの子達と店長とお疲れ様を言い、車に乗り込み深夜スーパーへ。
食材を買い家路へと、車を走らせました。
駐車場にて、深夜1時過ぎか…眠い。と思いながら、脚を降ろすと…サクッとする足の裏の感触。
いつもコンクリートの固い感触なのに…落ち葉でも飛んできたかな?
特に気にせず、荷物を持って車を降りました。
ドアを閉め、鍵を確認し、顔をあげるとクラリと目眩。過重労働では、無いのに…貧血?
そっと目を開け、さぁ今日は、もう寝よう!と、1歩踏み出すと、サク…サクサクサク…サク?
私ったら、家に着いたと思ったのに、何処かの雑木林に来ちゃったのかな?
…無意識にこんな所に来るなんて…ワタシ、おかしくなった?
事故しなくて良かった。
車に戻ろうと、振り返ると車が無い!
森?!何処を見渡しても、木木木…見上げると木々の隙間から、星がちらほら。
スーパーの袋提げて、私何処まで来ちゃったの?
ここどこ?携帯!携帯で確認!
袋を置いて、左ポケットから携帯を取り出そうとした瞬間…ブシュッ左腕に衝撃。
自覚する前に、焼け付くような痛み。左腕から、細い何かが、生えている!?刺さってる?!
「あ、あぁぁぁあーー!!イダいー!なに…なにこれ…」
映画で見た、マンハンティング?拐われた?殺される?死ぬ?
痛い痛い痛い痛い…
痛みに呻いていると、突然、何かに口を塞がれる。人の手のような?殺される?…呼吸が出来ない。
痛みと息苦しさと、パニックになり、意識が遠のく。
途切れる瞬間「人の子供…」と、聞こえた気がしました。
目が覚める。
???木の天井…。あれ?私の部屋じゃない?
起きようと身体に力を入れると、左腕に、激痛が走る。
「い゛ったぁ…ぁ?」
フラッシュバックするように、思い出す。
夜の森に居たこと、左腕に何か刺されたこと、酷い痛みだったこと…最後に、誰かに口を塞がれ…た…こと。
見知らぬ部屋にいることで、余計に現実感が押し寄せる。
「ひっ?!」
身体が震える。歯がカチカチなる。
昔見た映画であったマンハンティング。いきなり拐われて、山の中に置き去り。逃げ惑う人達を狩る人達。
怖い…怖い…よ。なんで、こんな…
涙が溢れる。喉がヒクつく。
腕を見ると、包帯が巻いてある。
服も、ジーパンに、ニットのセーターと、コート、マフラーだったのに、薄い緑のワンピース。
怪我の治療を受けている事で、余計に怖くなる。
怪我を治して、また、山に…?
恐怖が頭を支配している所に、カチャと、やけに大きな木の扉が開く。
入ってきたのは、身体の大きな人。190cm?2m?そのくらい大きい。筋肉質で、胸がないから、男だと分かりますが、その顔は、物凄く整った顔をしていました。
格好いいと言うよりは、美人。白い肌に、くっきりとした二重瞼に翠の目。鼻筋も通って、薄い唇。何より、見事な白銀の長い髪。
しかし、顔に見惚れるよりも、その冷たい目。およそ人とは思えない彫刻の様に綺麗な顔には、人間の感情も欠けているように見え、確実に、虫けらのように、殺されると思いました。
どっかの情緒欠落したモデルのボンボンが、マンハンティングしてるんだ!
本を読み過ぎた私の妄想は、暴走します。
私の中では、快楽殺人鬼の凶悪犯決定です。
手を此方に向けるのを見た私は、
「ひっ!や、やだ!来ないで!来ないでぇ!!
明日、私が、出勤しなかったらバレるんだから!こんな事してるのバレるんだから!
家族が心配して、警察行って、そしたら捕まるんだからぁ…検挙率9割超えてんだから!日本の警察なめんなぁっ!!!」
手が止まります。
ベッドの端っこで、ぎゃんぎゃん喚いてた私は、ふーふーしながら、逃げ道を探します。
左腕も痛い!
窓あるけど、カーテンが掛かり何階か分からない。アクションスターのように、窓突き破って出たら、下にドスンは、嫌です。
やっぱり、あの大きな扉しかない。
でも、行きたい方向には、白い巨人が立ち塞がってる。絶体絶命。奮い立たせようとした気持ちが、シナシナになっていくのを感じました。
「ふっうぇ、お父さぁん、お母さぁん助けてぇ…」
影が射し、見上げると、白い巨人は、私が寝かされてたベッドに近付き、また手を伸ばして来ました。
「や、やだ!触んなー!」
べちんと、右手で払うと、手が当たってしまい、殺される!と、もう何度目か分からない死の恐怖が襲います。
ふと見ると、扉への道が開けてます。ベッドから飛び降り、扉へと走ります。取っ手に右手を掛けると、ぎゅっ。左手首を掴まれました。
「痛い!」
思わず叫び、掴まれた手が離れます。
扉を開け、部屋の外へ!!
広いダイニングのような場所には…やはり白く美しい人達が5、6人視界に入り、一斉に此方を見たのを確認して、力が抜け座り込みました。
そして私の妄想は、人知れず作られた暗殺者育成施設にて、実験的に、マンハンティングが行われている。の、ストーリーに変わりました。
力が抜け、涙がぼたぼた溢れる。
もう、死んだ。こりゃ死んだ。
左腕は、拍動と共に痛み、もう1つ心臓があるかのように感じ、この痛みも後どれだけ感じられるんだろう。ぼんやりそんな事を思います。
「ここまで動けるなら、命の危険は無いじゃろう。お嬢さん、とりあえず、落ち着きなさい。大丈夫じゃ。ここに、貴女に危害を加えるものはおらんよ」
「せ、仙人様…?」
部屋の奥から、白い髪、白い髭も眉毛も長いお爺さんが出てきました。白いローブの様なゆったりとした服装で、杖を突いています。
正に、仙人。頭ツルツルじゃないですが。
白い巨人の壁の中で、唯一の救いを見た気がして仙人に手を伸ばします。
ですが、伸ばした右手を掴まれ、後ろから何かに抱えられます。
「長、彼女は怪我をしてるか、ら、おぃ」
顔を声のする方へ向けると、さっきの殺人鬼(仮)が、私を抱き上げようとしています。
むちゃくちゃ暴れました。左腕が痛いなんて、なんのその!
「やだー!!離してぇ!仙人様!た、助けて!」
痛む腕を上げ、仙人様に手を伸ばします。
「アスク、降ろしてあげなさい。お前に怯えとるわ。
おぉ、怖かったな、大丈夫、大丈夫じゃ。アレも、お嬢さんに、もう何もせんから。
傷が開いてしまった。包帯を代えような?」
思うよりそっと下に降ろされた私は、一目散に、仙人様に駆け寄ります。
本当は、抱き付きたいけど、杖突いているので、仙人様の後ろに隠れます。結構、身長有ります。170cm 程でしょうか?ローブの端を掴み、えぐえぐ泣きます。
隠れた私に、仙人様が、頭ポンポンと優しく話し掛けてくれます。殺される気持ちから、一気に安心して、箍が外れるように、びゃーんと泣きました。
ずっとポンポンしてくれる仙人様の言葉で、少しずつ心が落ち着いて、周りを見る余裕が出て来ました。
さっきから、アスクと呼ばれた人が、射殺す勢いで、睨んできます。
他の白い巨人達が、
「アスクぅ~流石のお前の美貌も、人間の子供にゃ効かんな?」
「黙れ」
「そんな無表情で、怖い顔してるから、逃げられるんだよ。ニッコリ笑ってやれよ」
「煩い」
「部屋の中から、怯えた声しか聞こえなかったぞ?お前何したんだ」
「何も」
「無表情で、近付いてこられたら、怯えもするわよ」
「…」
大変、申し訳ないのですが、外人さんの、顔の区別がつきません。ただ、アスクと呼ばれる人が、一際美人で冷たいのは分かりました。
ひっくひっくと、泣き声が落ち着いたのを見て、椅子に座らせてくれ、仙人様が、傷の手当てをしてくれました。
「さて、温かいものでも飲んで、お嬢さんの話を聞かせてもらおうかの?」
そこから話される内容に、また、大泣きするのですが。
正に、泣きっ面に蜂ですね。
ここ、世界の名は、イーストゥーリャ。
人も、獣人も、エルフも、他種族住んでる世界。
魔法あり、剣あり、魔物あり(魔王ナシ)の世界。
空には、太陽と、輪っか背負った土星みたいなのが浮かんでます。夜には、太陽の代わりに、 小さな月とそれの5倍位の月と、土星モドキ。
完全に、違う星です。
私を保護してくれた方々は、エルフ族でした。
耳尖ってるのを見た時、確か、何処かの古い言葉で、エルフは、白いと言う言葉だったなぁと、現実逃避しました。
この世界、人は半分を占めていて、優越意識が高いようです。他種族を虐げ、国交は断絶。人は、ほぼ人のみで完結して生きている。
人は、魔力の強さが体毛や目に出る。色が濃ければ、濃いほど強いとされ、現在、過去にも黒を持つ者は無いと。
希望なら、人族の元へ、黒だから優遇されるよ?と言われましたが、そんな人間の所は、嫌です!どうか、村に置いてくださいと懇願。
更に、最近、どこかの人の国が異世界人を召喚し、逃げられた上、滅ぼされたらしい。
他の人族が、異世界人には、力がある!我々なら御し得る!と、召喚ブームが起きてるようです。
なんと傍迷惑な…。
私は、その被害で、何らかの失敗によりエルフの森に落っこちた。そう、言われました。
因みに、戻る方法は、今の所無く、方法を編み出すにしても、およそ300年はかかるだろうと、魔法に精通し、この世界最高の魔力量を誇るエルフ族の長様が言いました。
死んで骨で帰っても…なぁ。
この村のエルフ達は、とても優しい。元々人は最弱ですぐ死ぬから、他種族が、優しく接していたのを勘違いを助長し、今の人族に至ると。
同じ種族として、思わず謝りました。
とても優しいエルフ達が、2日で建ててくれたお家は、ログハウスの様なゆったりした造りで、一階は、台所、風呂、トイレ、広々ダイニング。
二階に、12畳程の広い(日本人にしては)部屋二つと、小部屋一つと言う、何とも贅沢なお家となりました。
久々の客だー!と、皆総出で造って頂き、大木が魔法で飛んでる所は、チビりそうになりました。
さて、何故左腕に怪我して一人ままならない私が、家を建ててもらったかと言うと、この度、エルフの世話人が出来たからです。
その名も、アスクィード=リヴィアル=トワイトさんです。縮めて、アスクと呼ばれているそうです。
あのお話の後、現実に打ちのめされている私を他所に、いきなり厳しい顔になった仙人様(エルフの長でした)は、アスクの断罪を始める!!と、言い始めました。
何でも、アスクさんが見廻りしていたら、森にいきなり出てきた黒い髪の私が、ブラックエルフに見え、領地に不法侵入してきたと思い、矢を射った。威嚇のつもりで。
しかし、ブラックエルフなら、簡単に避ける矢、例え刺さっても、直ぐ治るそうです。が、見事命中!
余りに呻いているので、他の魔物や仲間が寄ってきたら面倒だと、領地外に捨ててこようとしたら、人間だった。しかも、黒。
こりゃ大変と、連れて帰って手当てしたらしい。
「矢で射殺すとこだった奴が、近付いたら怖いよねぇ」と、言われましたが、真っ暗で見えなかったと言ったら、じゃあ、本当に、素で怯えられてやんの!ギャハハと笑われてました。その時のアスクさんの怖いこと怖いこと。
それで、自分より弱きものへ刃を向けた、その償いに、同等もしくは、それ以上の痛みを!と、左腕1本切られそうになり、驚いた私は、ひたすらやめてと懇願。
罰いらない、いきなり出た私悪いと、でっかい剣にビビりながら、カタコトで抗議!左腕全然痛くないと、振り回し、また傷開く、と言う一人でアホな展開を繰り広げました。
皆、ポカーンとした顔でしたが、気にしない。
罰ナシには出来ない、示しがつかないと言われ、じゃあ、私が治るまで、その時間、その身、このエルフさんを私の左腕としてコキ使います!と、言ってしまったのですねぇ。
もっと、うまく言えれば良かったのに、いざとなると、頭は回りませんね。
何故かあっさり、長様が、ウム分かったそうしようと、言われ、村人の罪を代表して謝罪する。その意を込めて、村に住むなら、家を贈りましょうと、アレヨアレヨと言う間に、我が家が完成した次第でございます。
で、現在、大後悔です。
本日のお昼から、世話人との生活の始まりです。
いつか、殺されそうな気がするので、言葉を濁して同じ家はちょっと…と、言ってみるが、子供が遠慮するな、ハッハッハッ。と言われました。
訂正しときましたが、私の言葉は、届いたんでしょうか?
アスクさんからしてみれば、突然湧いた怪しいものに、威嚇射撃しただけなのに、小うるさい人間で、治療したのに、殺人鬼扱いの上、裁判かけられて、腕失うとこだった。腕は失わずとも、殺人鬼扱いした人間に、顎で使われると言う屈辱付き。
大変不幸な事故に見舞われた。全て私のせいで。
その不機嫌たるや、話さないわ、ぎっっと睨まれるわ、ため息の嵐だわで、私の心が折れそうです。これは、遠回しに、エルフに迷惑かけた私への罰なんじゃ…と、思ってしまうほどです。
ほら、またため息。
「ト、トワイト(アスク)さん?今日の夕ご飯、私が、作りましょうか?リハビリも兼ねて」
「だめだ。そんなに傷を長引かせたいのか?」
「め、滅相もございません!動かした方が、血流良くなって治りが早くなるかな…ナンテ」
「はぁ。駄目だ」
だって、美味しくないんだもん!不味いんだもん!味付け、塩と砂糖しかないんだもん!
エルフって、私の想像では、森と共に生き、森と共に死ぬ。肉食わない、ベジタリアン。高潔な意思!ストイックが、服着た感じだと思いました。
が、肉もモリモリ食べるし、冗談言うし、ノリも良いエルフもいました。
だがしかし、いかんせんご飯が、美味しくない。
アスクさんに出された昼御飯、苛めかと思いましたが、他もそうだった…。
深夜のスーパーで買った調味料があったから、それ使おうと、思ったのに…。
「私の料理に不満が?」
「ございません!!で、ですが、い、異世界の食材を試してみませんか?使わないと、傷んでしまいますし、ど、どうでしょう?有るものを無駄にするのは、心苦しいですし」
「…」
「左腕を使わないようにしますから…」
「はぁ。分かった」
ところが、このトワイトさん。とても真面目。
これは、例え憎き私でも、少しでも左腕を動かそうものなら、メデューサの様な目で睨まれる。
そして私は、恐ろしさ故、ぴきっと石に。
何度か石になりつつ、しょうが焼きを作りました。
酒があるし、酢は無いかと探したらありました。
なんと洗剤に使われていて、私の世界の生活の知恵が、メインで使われていてちょっとビックリ。しかも、酢を食べ物に使おうとしたら、激しい反対にあいましたが、何とか使わせてもらい、マヨネーズを作ります。
しょうがは、この世界にもありました。こちらは、食材と言うより、不味い薬と言う認識で、噛んで飲むそうです。そりゃ不味いわ…。
問題は、キャベツの千切り。左手使うなぁと思い、悩んだところ、トワイトさんを見て、細く切れますか?と、誠心誠意お願いを。お願いですよ?を至極丁寧にしてみたんです。
ですが、トワイトさんは、それはもう、床をお舐め!と言われたかの様な凄い顔で、剣を出しました。
千切り頼んだのに、殺される!思わず、手を合わせました。
ザシュザシュと聞こえ、千切りは、十切り程になっており、言いました。
「こんなに細かく肉を切った事はない…」
「…ありがとうございます」
あぁ!そうでしょうね!それは肉ではなく野菜!野菜です!包丁があるでしょうが!包丁が!
こちとら、包丁以上にデカイ刃物見たこと無いんだぞ!怖いんだぞ!
私は礼を言い、震える手で包丁を持ち、支えずゆっくりキャベツを切ることにしました。
後ろから、物凄い睨まれているのが、台所の窓ガラスに映っていて、死ぬほど怖かったです。
さぁ、ご飯です。タイ米みたいな細長い米があったのでそれを主食に、頂きます。
トワイトさんが、いきなり隣に座り、フォークを奪われ、あーんをしに来たとき、泡吹いて倒れそうになりました。
右手は、元気。左関係ないですから!
何とか、席に戻ってもらいました…。
どこまで真面目かっ?!
やっと、夕飯を食べました。
一口、口にしたトワイトさんは、目が落ちますと、言わんばかりのザ・驚愕顔!
まぁ、とても気に入っていただけたようで…勢いよくかっ込みました。
「洗剤がこんな味になるとは」
「洗ざ…、お酒と似かよう作り方で、酢を作るんですよね?元々、食べ物なんです」
「毒々しい黒い液体もあったな」
「毒々し…、アレは醤油です。大豆から作るので、ちゃんと立派な調味料ですよ。ただ、塩分は高いので、塩と同じ扱いで良いと思います」
「後で見せてくれ」
「はい」
食事が終わり、食器を洗おうとすると、突然後ろから、ふわりと抱き込まれるような体勢に。
「な、なな何ですか?」
「左手代わりだ。私が、食器を持つ」
「大丈夫です」
「駄目だ」
「では、洗って頂けますか?」
「…ふむ。そうしよう」
「ありがとうございます」
どっはぁぁ、心臓に悪い。本当に、真面目。
エルフさん達は、パーソナルスペースが大分狭いのだろうか…
いつの間にか、手どころか指を伸ばせば触れる範囲にいるので、その度、ビックビクです。
食器を洗い終わり、異世界のものをお見せしました。
食材と、醤油とみりん。チョコ。
もう、手に入らないと思うと、考え深いものがあります。
トワイトさんは、よーく観察した後、醤油のキャップを外し、ん?と言った後で、台所へ行き、いきなり醤油をドボドボ捨て始めました。は?
「な…にを」
「これは、カビがいる。身体を壊すほど強力ではないが、念のため捨てる。食べた分では、大丈夫だろう」
「ちが…う。違います!そういうものなんです!離して!返して下さい!」
「駄目だ」
「や、やだ!返して!返して!やめて!」
「はぁ、我が儘を言うな」
「違う違う!身体に悪さしないカビなんです!使うなと言うなら、使いませんから、持ってるだけでも良いですから!返して!」
「駄目だ」
そう言ったトワイトさんは、醤油を全て捨て、ご丁寧に、プラスチックの容器を手から出した紫の炎で、煙も燃えカスもなく、消してしまいました。
「…聞いても良いですか?」
「なんだ」
「醤油を口にしましたよね?体調は悪くなりましたか?」
「いや、あの量なら問題ない。念のためだ」
「…そうですか」
「他のも見るぞ」
「…どうぞ」
「これは、酒か」
「みりんと言います。それも調味料です。熱を加えれば酒成分は、無くなります」
「いや、これは、子供が口にするものじゃない。預かるぞ」
「私は、成人していますが、どうぞ。それは、お菓子ですね。どうぞ食べてみて下さい」
「何言ってる。これは、甘い」
「お口に合って何よりです。御近づきの印に差し上げます」
「良いのか?」
「構いません。どうぞ。トワイトさん?私、引っ越しで、疲れてしまいましたので、先に休んでも?」
「あぁ、そうだな」
「では、失礼致します」
「何かあれば直ぐ言え」
「…」ペコリ。
泣くな、泣くな!泣くな!二度と手に入らない醤油無くなって、みりん取られたくらいで、泣くな!
もしかしたら、此方の世界に悪い菌だったのかも。(でも、問題ないって言った)
みりんだって、熱を加えればアルコール飛ぶから調味料なのに。(私は、大人なのに。)
何にせよ。故郷の味を捨てられた。もう二度と手にすることも、口にすることも出来なくなった。
この事実が、結構なダメージになりました。
「ふ…ぅっ」
平気。平気。元の世界に帰れない事に比べたら、こんな事小さい小さい。泣く程の事じゃない。大丈夫。
大丈夫。
「大丈夫。知らない世界で、衣食住は、満たされてる。私は、生きられる。有り難い事だよ。感謝すべきだよ。大丈夫。」
呪文のように繰り返し、眠りました。
翌日、たくさん泣いたせいか、瞼が凄い事に!
バレるの嫌だなぁ。水を浸したタオルで、目元を冷やす。絞った時、ちょっと左腕痛かったけど。
冷やしながら、頂き物のワンピースに着替えを済ませ、椅子に座りぼーっとしてました。
10分くらいでしたか、ノックの音が
コンコンガチャ。
…えぇ?ノックの意味無いです、それ。
「何してる」
「え?」
「タオルだ、何してる。それに着替えも」
「あー、目が疲れたので、冷やしてました」
「何故呼ばない」
「え?」
「タオル、絞ったのだろう」
「あぁ、大丈夫でした」
「判断するのはお前じゃない」
「すみません」
「はあ、朝食の前に、傷を見る。来い」
「はい…」
うぅ。怖いよ。着替え手伝うって言われたら、変態呼ばわりしてみよう。
しかも、でっかいため息つかれましたよ。
とりあえず、目の腫れは、大分引きました。
下の階に行き、左腕をを捲ります。
包帯を解いていく。
「そういえば、着ていた異世界の服」
「あ!長様に貸し出してましたね。縫製が珍しいって。血を落としたから、繕わなきゃ」
「燃やした」
「?え?」
「1度血だらけになった、着れないだろう?」
「いえ、洗えば着れましたよね?!何故勝手に燃やしたんですか?」
「長に、お前に渡せと言われたが、新しいものを用意するから、必要ないだろう。ちゃんと全部燃やした」
「ちゃんと?ぜんぶ?もやした?」
「あぁ、わざわざ1度血で汚れた服を着るより、清潔な服を用意する」
「…必要ありません。いりません」
「必要だろう?」
「いりません。貴方から受け取るものは何もない。
左腕は、喋らないし、服も用意しない。私のものを捨てないし、燃やさない。
そんなに、私が、お嫌いでしたら、世話などいりません。左腕は、神経も無事ですし、動く。消毒位一人で出来ます。私に貴方は必要ない」
「何?」
「私には、故郷を偲ぶ必要はありませんか?二度と手に入らない、二度と会えない母が編んでくれたマフラーを燃やされても…笑ってありがとうと言えば満足ですか?」
「あ…」
「私の、とても大切な母との思い出を燃やしてくださってありがとうございます?
…出て行って頂けますか?貴方の顔を見たくない。それとも、私が、いなくなった方が良いですか?
あぁ、そうだ。いきなり貴方の前に現れて、申し訳ありませんでした。私も、来たくなかったんですが。したくもない世話をさせるような事になり、深く反省しております。
腕は、治ったと長様には、話します。ありがとうございました。さようなら」
こんな奴の前で泣くもんか。
部屋に行って、泣いて、落ち着いたら、出よう。人の国に行こう。帰れる方法があるかもしれない。
部屋にわざとゆっくり歩いて行く。
部屋に入った途端、自分の小さなバッグか目に入った。
もう、これだけになってしまった。
私の、故郷のもの。
ぎゅうっと抱え込む。
使わない車のキー、携帯、ハンカチ、ファンデ、リップ、財布。
洋画みたいに、財布に家族写真入れとけば良かった。残念。携帯も、電池は切れてしまったし。
辛い。なんでこんな事に。寂しい。帰りたい。
「帰りたい。会いたいよぉ…。私、ここに居る。ここで、ちゃんと生きてるよ…」
泣きながらそのまま眠ってしまったようだ。
頭が痛い。泣きすぎたなぁ。
バッグ抱き締めたまま、床で寝て、身体が痛い。
?毛布掛けたっけ?…バッグが無い。まさか?
部屋を出る。頭が痛い。トワイトさんが使ってる筈の部屋の扉を叩く。
居て欲しくないけど、部屋から、出てきた。
「どうした」
「バッグどこに?か、返して、返して下さい」
「?」
「お願いします!お願いします!返して下さい!目障りなら、直ぐ出ていきますから!お願い、お願いします、バッグは、捨てないで…返して下さい、お願い…」
「抱えてたバッグは、机の上に置いた」
嘘?!濡れ衣?!
走って、部屋に戻る。机の上に、確かにあった。
バッグを抱き締め、安心から、また、涙が出てきた。もう、これ持って出よう。
「疑って、大変申し訳ありませんでした。今までありがとうございました。長様に、挨拶もなく出る事を詫びておいて下さい。それでは、失礼します」
「何処へ行く?」
「村を出ます。人の国へ行って、帰る方法でも探します。」
「300年はかかると」
「構いません」
頭が痛い。こんな人と、話す元気なんか無いのに。
痛む頭を抑え、横をすり抜け扉から出ていこうとする。肩を掴まれ、抵抗する。くらくらする。
「離して下さい!触らないで!」
「待て」
あぁ世界が回る。このまま、戻れると良いな…。
意識が遠のく。
「体調管理も出来ないのか…」
どれだけ私が、嫌いなんですか…もうやだ
「お前は馬鹿かっ?!彼女の大事なものを次々と!」
「アレは、まだ子供だ。何が正しいか分からない。こちらが判断してやらねば」
「だから、その判断が間違ってるんだよ!彼女は、成人している!故郷の味を捨てられて…しかも、身体に影響の無いものだったんだろう?!」
「それは、間違いだ。彼女はまだ子供だ。両親を呼んでいた。調味料は、念のため捨てただけだ」
「もう、二度と会えないって分かったら、両親も呼ぶだろうさ!大人でも、俺だって呼ぶよ!
その大事な思い出の品まで燃やして!長は、彼女に渡せと言ったんだぞ?!お前に燃やせと言ってない」
「1度血で汚れたら、新しい物が良いだろう?」
「彼女の熱が下がらないのは、何故だと思う。傷の炎症は、落ち着いたのに」
「抵抗力が低い。人間の子供だから」
「目覚めたくないんだよ!お前にことごとく大事なもの無くされて、故郷に帰ることも、思い出にすがる物も無く、全く知らない場所で!たった一人で!」
「一人じゃない。私がいる」
「そのお前といたくないんだ!」
「…じゃあ、俺は、成人である彼女の、もう二度と手に入らない故郷の味を捨て、もう二度と会えない母親が作った物を燃やし、精神的疲労を過剰に与えた…?」
「そう言ってんだよ。しかも、自分を矢で射ったのに、庇った奴からな!」
「…だから、出ていくと…俺に…俺が…
だが、人族の所へ行った方が同胞だし、良いのでは?」
「あのなぁ、あの人族だぞ?黒なんて見つかったら、利用され尽くして、最後にゃ解剖までするだろうさ。同胞じゃない。彼女の同胞は、ここにはいない。彼女にとって、皆異世界の見知らぬ生き物でしかない。それが分かってるから、彼女は、ここに残る事を選んだんだろう」
「あぁ…」
「彼女は、亡くなった妹さんじゃない。彼女は、自分で考え行動できる大人だ。
どう償うか、よく考えろ。」
喉がカラカラ…頭が痛い。
額に手を置かれてる。冷たくて気持ちいいな…
「お、母さん?…怖い夢見たよ…」
「そうか」
「夢、覚めて、良かった」
「…そうか…」
「…」
お母さんの声が、低い。あぁ、嘘だ。嫌だ。まだこんな地獄にいるなんて。
覚悟を決めて、目を開ける。あぁやっぱり…
母では有り得ない、冷たい翠の目があった。
「…お手を煩わせて申し訳ありませんでした。身体が治るまで置いて下さい。治ったら、直ぐ出て行きますから」
「…水を飲め」
「いりません」
「何か食べるものを」
「いりません」
この人に面倒かけたら、また私の物を燃やされる。バッグはどこに?枕元にあったバッグに、ほっとしながら、肩にかけ、ベッドから降りる。
「何処へ行く?」
「…」
左腕となんか、話さない。それで剣で切られたって構わない。関わりたくない。この人は、私の、大事なものを消す人だ。
返事もせず、ふらふらとトイレへ。
用を足し、ドアを開けるとそこに居た!信じられない!最低!変態!
羞恥心で、顔が赤くなる。熱が上がった気がした。また、ふらふらと、台所へ行き、水を飲む。やっとひとごこちついた気持ちになって、ため息をつく。
何か食べるものを見渡すが、食べれそうな物はない。鍋に、スープが入ってたけど、あの人が作ったのならいらない。
コップに、水を入れ、またゆっくり歩いて自室に上がる。必死に、歩いてまたベッドへ。バッグを抱え込み眠る。
いつの間にか、部屋にいたのか、盛大なため息が聞こえてきた。そんなに嫌なら、見なきゃいいのに…
そこから、私の無視は続いた。いつの間にか、側にいて、ビックゥ!となるときはあったけど、頑張って無視した。その夜、お見舞いに来たエルフ(女性)さんに、風呂を手伝ってもらった時、
「アスクは、どう?あいつ、無口だし、気がきかないし、最悪でしょ?悪い奴じゃないのよ?」
「…」
「信じられないって顔ね。まぁ仕方ないか。
アスクはねぇ、妹がいたの。可愛い子で、皆に愛されてた。
その時は、まだ人間と国交があって、人の物も多少は、村にあったのよ。人が使ってる薬物にも興味があって、定期的に輸入してた。あっちでしか咲かない花もあったし、強力な作用のある薬草もあったから。倉庫に、厳重に保管されていた。倉庫の管理者は、アスクの両親だったの。
子供が、興味を持つには充分よね。アスクと妹は倉庫で遊んで、転んで小さな傷があの子の足に。そこから直ぐに、具合が悪くなって、呆気なく逝ってしまった。人の国で作られたものに、耐性が無かったのね。子供だから、尚更。」
「…」
「それから、私達は、人との国交を止めた。森から離れた物に、興味を持ってはいけなかったのよ。私達、エルフは、長寿とされているけど、身体が出来上がる、つまり、大人になるまではとても脆いの。それからのアスクは、私達を避け、両親とも仲違い。今は、別の森で隠居してるけど、400年は、会ってないわ。まるで、大切なものを拒否して、作らないように。」
「400年!?」
「そう。一つの死を引き摺るには、長過ぎるわよね?皆、あの出来事を忘れない。忘れてないけど、消化して、次のステップに進んでいるのに、彼だけは、ずっととどまったまま。」
「…」
「今回、貴女が落ちてきて、初めてアスクから行動したの。すんごい拒否してたけど、アッハッハッ!
あの拒否された時の顔!久し振りに表情が変わるのを見たわ!熱で倒れたときの、あの焦りよう!
…だから、貴女を皆で利用したの。ごめんなさい。貴女と暮らせば、アスクも何か変わるかと思って…大事な物を捨てられたのは、私達にも責任はあるわ。
本当に、ごめんなさい。」
「あ、いえ、そんな…意地悪じゃなかった…?」
「そんなに、器用な奴じゃないわ。心配し過ぎて、馬鹿な方向には行ったみたいだけど。兎に角守るために、貴女の気持ちを忘れちゃったのね…。
大切なものを無くされたんだし、絶対許さなくて良いけど、少しだけ、話をしてもらえると…嬉しいかな」
「エルフの皆さんは、とても情が深いんですね。…人なのに、私はここにいて良いんでしょうか?」
「寿命が5000~8000年あれば、情も深くなるわよぅ」
「8000?!」
「因みに、長は、10000年は生きてるわ。化け物よね。貴女は、もう私達の村の一人だし、居て良いのよ。改めて歓迎するわ」
「ありがとうございます。とても、嬉しいです。改めて、宜しくお願いします」
長湯しすぎて、また熱出ました…。
夢現に、謝ってるトワイトさんや、鬼の形相で睨んでくるトワイトさんや、心配そうにしているトワイトさんが、目まぐるしく見られました。
ここに来て、一週間。まだ一週間しか経ってないのに!私の物を燃やされ、倒れて熱出てほぼベッド…色んな事が、ぎゅっと詰まりすぎです。
そして、今、鬼の形相のトワイトさんが、私を睨んでます…。何故?!本当は、気のいい奴じゃなかったんですか?!怖い!怖すぎる!
「話を…」
「は、はいぃ!」
「話を聞いて欲しい…」
「ど、どうぞー?」
「俺は…君に、とても酷い事を。本当に、申し訳ない。
磔にされても、四肢を落とされても、魔物の始祖と呼ばれるホロルニスに引き裂かれ焼かれても、魂すらも奴隷に堕ちる人間の隷属契約をされても文句は言えない。ただ死ぬだけでは、償えない。俺など死んでも君の大事な物は、戻らないが、死すら願うほどの罰を俺に与え少しでも溜飲を下げられるのであれば…」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!待って下さい!待って!」
「これでは駄目か…他には」
「だから、待って!」
「では、人間が編み出した拷問の」
「シャラーップ!黙りなさい!口を閉じて!喋らない!」
「むぅ…」
「私が!話します!良いですか?!」
コクリ。
「まず、トワイトさんは、私が、嫌い、ですか?」
ぐわっと目を見開き、ブンブン頭を振る。
こ、怖い。
「まず、私の話を聞いて下さい。」
コクリ
ちょっと可愛い…?
「私、私のせいでトワイトさんが、酷い目に合って、嫌われているのかと思ってました。
私が、エルフの森に落ちなければ、トワイトさんは、左腕を切られそうにならなかったし、こんな人間の面倒をみる嵌めにならなかったし…ひっ」
鬼の上は、なんでしょう?般若?閻魔?鬼の上司は閻魔様だと、漫画で読みましたから、閻魔様にしましょう。
トワイトさんは、閻魔の形相になってます。
「だ、だから、私の大切なものを、その、…意地悪なのかなと。早く、追い出してしまいたかったのかと、そう思い込んでいました。ごめんなさい」
ムギャン!と、音がしそうな程、目が開かれました。目の玉落ちそう。
「それから、妹さんの事、勝手に聞いてしまいました。ごめんなさい。あ、あの、私が、勝手に聞き出したというか、慰めるために、話させてしまったというか…了承無く、ご家族の事を聞いて、申し訳ありませんでした。ですが、聞いて良かったと、思います。でなければ、トワイトさんをずっと勘違いしたままでしたから。
罰なんて必要ありません。私も、色々思い込み過ぎて、失礼な態度をとってましたし…。
強いて言うなら、当初の通り、怪我が治るまで、少し、手を貸して頂ければ、それで良いです。
なるべく、怪我を早く治して、トワイトさんをこんなお世話から解放したいと思います!」
トワイトさんは、閻魔→叱られたチワワ→鬼と、形相をシフトチェンジし、こちらを見たまま私の右手をガッと掴みました!右手を持ち、そのまま喉へ触れさせる。
行動が理解できずに、頭に?マークを増やしていると、そのまま、トワイトさんは口元へ右手を持っていき…パクッと口に含みました。
「うひぃ!え?な、何を?」
?マークが、盛大に増殖し、固まった私を見たまま含んだ指をねろりと…な、な、舐めたー?!
ドカンと頭が沸騰します。
「な、ななに?何か言って下さいぃー!」
「ふぅ、良かった。どうやって口を開く許可を得ようかと」
話したかっただけかーい?!もっと違うアピールが、あるでしょうに!!
一人であわあわしていると、トワイトさんは、急に真剣な顔になり
「聞いてくれ。まず、森にいたのは君のせいじゃない。この世界の人間が君を拐った、被害者だ。
そして、君が怪我をしたのは全面的に、俺が悪い。判断を見誤った。
君は、俺が近寄ると殺されるような怯えを見せた。当然だ、矢で射ったのだから。左腕を切り落とす罰でも、足りないくらいなのに、君は俺を庇ってくれた。感謝すれこそ、嫌うなどない。
謝罪したかったが、近寄る度に怯えられ、出来なかった。」
鬼の形相でしたので、いつ殺られるかビクビクしてました。ごめんなさい。
「それに、君を子供だと思い、少しでも身に危険がありそうなものは、全て排除したのも、間違いだった。
しかも、熱が出て倒れた君を見て、俺は、子供の体調管理すら出来ないと、絶望した。更に、管理をと、思ったが、仲間に叱られて、やっと間違えた事に気付いたんだ。
妹の事を聞いたと思うが、我々の幼子は、本当に、身体が弱い。成人してしまえば、高い治癒力のお陰で、ほぼ治るが。俺は、神経質になり過ぎて、君の大事な物を…俺は…」
「あああの?」
「やはり、せめて人族に則ったやり方で、拷問の方法を…」
「しないしない!しないですから!やめて!落ち着いて下さい!ほ、ほら、さっきもう言ったでしょう?強いて罰を受けるというなら、手を貸して下さいと!それで…それが良いです!それが!それ以外は、駄目です!」
「そうか…。」
「ふぅ。正直、気にしないって言ったら嘘です。少しの間は、思い出すかも。まだ、こちらに来て、10日弱、ですしね。
ですが、大丈夫です。どこの生き物か分からない、得体の知れない私を受け入れて下さった、エルフの皆さんがいますから。大丈夫、です」
「君は…」
「さて、では!トワイトさん、改めて、宜しくお願いします」
「あ、あぁ。こちらこそ宜しく頼む。」
こうして、トワイトさんと私は仲直りしました。
ですが、今少々、困っております。
「アキ、消毒するぞ」
「う、じ、自分でやりますよ?」
「ダメだ。しっかり治さなければならない。」
「治すと言っても、もう、ほぼ治ってて、チョンチョンと穴二つですし…ちょっと痕があった方が、格好いいかも?」
「ダメだ」
まず、名で呼ばれるようになりまして、よくお話されるようにもなりました。
「さぁ、腕を出して」
「はぁ…はい」
エルフの皆様は、パーソナルスペースが狭いのでしょうか?
最近のトワイトさんは、やけに近いのです。
左腕の代わりだからと、ずっと付いてくるのです。
この前なんて、お風呂入る時、左腕代わりだからと、一緒に付いてきた時は、思わずグーパンしそうになりました。あまりに真剣な表情なので、丁重に断りましたが。
極めつけは、消毒です。
成人したエルフの身体は、高い治癒力があります。それ故の長寿といえる部分も、あるかもしれません。で、身体から出るものにも、その作用は、あるそうです。
そして、トワイトさんが始めたのが、この消毒方法。
薬草むぐむぐして、少量舌に乗せ、唾液と共に傷を舐める。しかも、一日二回。
「トワイトさん、もう、そろそろ傷口も塞がってますし、一日二回は、必要ないかな?なんて思うのですが、どうでしょう?」
「ダメだ。完全に塞がり、傷痕が無くなるまで続ける」
「えっ?塞がるじゃなく、痕が無くなるまで?!」
「そうだ。私が、つけた傷だ。完璧に治癒しなければ。」
「そ、そんなに気負わなくても…。腕なんて動けば良いんですし、もう、殆ど痛みありませんし」
「押さえると痛いだろう?」
「そりゃ、触れば痛いのは…」
「とにかく俺は、アキに少しでも、傷が残るのが許せない。自分で自分が、許せないんだ。こんなに小さな身体に矢を射った事が…やはり、俺は…」
「よぅし!トワイトさん!ガンガン消毒してください!目指せ、傷ナシですね!」
「よし」
こんな調子で、余程のトラウマになったのか、傷の話になると、ご自分を責め始めます。
しかしこの薬、食用ではないので、大変苦いようです。鬼の形相で、口に含み、もぐもぐしている顔は、それはもう怖くて…。
それから、傷口にベローンと、約5分程かけて舐めていきます。貫通した穴ですので、計2ヶ所、合計10分です…。
苦行です。色んなドキドキで、心臓止まりそうです。こちとら彼氏いない歴=年齢なんですから!
世にも綺麗な顔が、舌ベロンと、腕を!顔に近い腕を舐める破壊力と言ったら…。
消毒終わる頃には、頭から湯気が出て、出尽くしてカラッカラですよ!
「ほら、動かないで」
しかも、綺麗な顔、イイ声で!!助けて!誰か!
やっと終わり、包帯を巻いて下さいます。
「うぅ。」
「痛いのか?」
「イイエ」
「痛くなったら、直ぐ言え。」
「イタクアリマセン」
「やっぱり痛いんじゃないか?もう一度、傷口を消毒をしよう」
「いえ!本当に痛くありません!」
「そうか…」
過保護なトワイトさんの出来上がりです。
更に、食事ですが…
「ずっとこうしたかった」
「いえ、あの」
「怪我のある手でパンを握った時は、思わず俺の左腕にフォークを突き立てそうに…」
「イタダキマス」
どこぞの新婚か?と思える程の、甘い顔で、食べさせられます。
右手は、無事だと言っても、無意識に左腕を使うからと、聞き入れてくれません。
そして、ことあるごとに、
「アキは、いつ俺を名前で呼んでくれるんだ?それから、口調も」
「え?」
「名前。アスクが良い。そう呼んで。話すのも、もっと砕けた方でいい」
「あー、えー、その、ですね?トワイトさんが、2800歳と歳上の方で、尊敬し得るからこそ、この口調でして。この世界に慣れたら、崩れますのでそれまで待って頂きたいのです」
「歳など無駄に長いだけだ。距離を感じて嫌だ」
距離を感じて良いんじゃないですか!
「この世界に慣れて、溶け込んだなぁという時に、自然と無くなりますから、それまで待って欲しいです」
「嫌だ。けど、分かった」
誰か、トワイトさんを止めて欲しい。
私の苦行が、2週間以上続いた頃。
本日のトワイトさんをかわし、さぁ寝るぞとベッドに入る時です。
いつも、明るい月明かりが何だか暗いのです。
晴れた夜なのにと、夜空を見ると、なんと月が1つ!!
しかも、日本で見た同じくらいの大きさ!!
思わず、外に、飛び出ました。
同じ空!帰れる!もっと空がよく見える場所へ!
空を見ながら、走りました。靴も履かずに。
走っても走っても、拓けた場所に出ない。
月が、夜空が、見えない。木を登ろうとしても、登れそうな木もない。
帰りたい。帰りたい、日本に!
抑えていた郷愁が、爆発しました。
目から勝手に涙が、溢れる。走る。転ぶ。立ち上がって、また走る。枝や草が邪魔で、体当たりで突破して、やっと、拓けた原っぱに出ました。
その原に、蛍が、飛んでいます。
もう、帰れた!と歓喜に震えました。
ここに来た時、真冬だった…6月の蛍が、いるわけないのに。
帰ったと、思った私は、回りを見渡す。
少し、冷静になりました。夜空を見ると、星は知らない星空。南半球の見たことない星空なのかもと、有名な南十字星を探す。知ってる星を探す。
やっぱり、見つからない。
全部、全部知らない星。
そうだ!蛍は?蛍だったら…近付くと、虫ではありません。光の粒でした。手に止まった光をよく見ても、虫の体は付いてない。お尻が輝く虫ではない。
少しずつ、少しずつじんわり喪失感が蝕み、身体を満たし、力が抜けます。とても抱えきれない哀しみが溢れる。
「ぁ…ぁあーっ!なんで、ここに居るの?なんで、何のために!帰りたい!帰りたいだけなのに!帰して!帰してよ!…たす、け…て。ここにいるの」
「ッアキ!!」
「と、わいと、さん」
「アキ!アキ、アキ、無事で良かった。あぁ、こんなに傷付いて…」
「帰れた、と思ったの…おんなじ月が、見えて、日本とおんなじ、つき1つで、蛍も見つけてでも蛍じゃなくて、帰れてなくて、やっぱり違う所のままで…」
「あぁ、あぁ、そうか。だから…そうか」
泣きました。たくさんたくさん泣きました。
わぁわぁ泣いて、支離滅裂な言葉に、トワイトさんが、うんうん頷いてくれて、抱き締めてくれて、温かくて、それでまた泣いて。泣き疲れて眠りました。
「アキ…俺がいる。ずっと。」
トワイトさんは、私を抱え、耳元で囁きました。
深い眠りに入った私には、聞こえませんでした。
頭痛い…瞼が重い。
身体も重い?また、熱が出たのかな?
昨日は…昨日は?!ああぁ!なんと恥ずかしい!いい大人が、大泣きしてしまいました。トワイトさんに、鼻水を見られてしまいました…恥ずかしい!
何とか、瞼を上げてみると、朝から心臓に悪いトワイトさんの顔が!??!!しかも、私、腕の中!!
何故、一緒のベッド?!ワタワタしましたが、服はちゃんと着てました(当たり前です)。もぞもぞしたせいか、トワイトさんが、目を覚まし、極上の笑みを…眩しい!
「おはよう、アキ」
「お、おはようございます。…あの?この状況は」
「アキを一人に出来なくて。夢でも魘されて心配だった。もう、大丈夫か?まだ、泣きそうか?」
「い、いいいえ!もう、すっかりスッキリです!朝食を作ります!」
「ダメだ、アキ。足も全身も傷だらけだ。治療するまで歩かせない。朝食は、持ってくる。風呂場に連れていくから、傷を洗っておいで。その後、治療するから」
そう言うと、風呂場に抱えて連れていかれました。よく見ると、あちこち小さな傷だらけです。顔にも。…そういえば、小枝やら草やら生えてるとこに突っ込みましたね…郷愁とは、我を忘れさせます。お恥ずかしい。染みるー染みるーと言いながら傷をざっと洗いました。
「アキ?シャワー終わったか?」
「あ、はい。ありがとうございます。歩けますよ?」
「ダメ。大人でも、小さな傷は馬鹿に出来ないんだ」
風呂場まで迎えに来たトワイトさんが、私をまた抱え…?二階のベッドに戻りました?何故?
「ここで、朝食ですか?」
「そう。俺は、薬持ってくるから」
アメリカンスタイルなご飯です。たまには良いですね、ベッドで食べ物を食べると言うのは、やってはいけない事をしてる気がします。味は、塩味ですが…。ペロリと平らげ、あちこちある傷を自分で確認中、
コンコンガチャ。
…だから、ノックの意味…。
「アキ、食べ終わった?」
「はい、ご馳走さまでした。ありがとうございます」
「じゃあ、治療しよう」
トワイトさんが、ベッドに上がってきました。
薬草を出して、もぐもぐしてます…まさか?!
あり得ない可能性に、思考が埋め尽くされると、トワイトさんは、ガッと私の頭を両手で掴み、頬を舐め始めました。
「ぃひいぃぃ!トワイトさん!大丈夫ですから!自分で出来ますから!」
「ダメ。大人しくして」
「で、ですが、」
「口が、薬で辛いから、早く。抵抗しない」
そう言われると、動けなくなります。これは治療これは治療これは治療…呪文のように頭で唱えます。
その間も、トワイトさんの舌が、頬、額、鼻、口の横など這い回ります。もう、いっそ気を失いたい。
顔が終わったと思ったら、顎をグイと上にあげられ頚にぬるり。
「ひぃ!す、すみません、頑張ります」
頚の至るところを舐めあげられ、声が出そうになります。口を押さえていると、両手を一括りにされ、上へ。何故?!
また、顎を掴まれ横向きへ。今度は、耳をベロン。もう片方の耳も、ベロン。そこは、内側もだったのか、舌が触れる所がヌチッと頭に響きます。
「ぎゃあっ!はっ!す、すみません」
なんたる!なんたる苦行!早く終わってー!
腰に手を置かれ、くるりと反転。後ろ髪を上げられ項へ。
た、助けてー。これは治療これは治療!!
ワンピースの襟をクッと後ろに引かれ、舌が背の方へ降りてこようとします。
「まま、ま、待って、服着てた所は、傷ありませんでしたから、背中は、大丈夫です!」
「でも、自分じゃ見えないから。念のため」
本日のワンピースは、襟に紐が通してあり、紐で襟を広くも縮めたりも出来るものでした…しゅるっと紐が解かれる音がし、襟が緩みます。確か、これはトワイトさんが用意した…
グイと引かれたと思ったら、肩甲骨の辺りにペロリ。
ぎゃーっ!
「ほら、あった。ちゃんと見せて、早く治療しないと、治りが遅くなる」
グッタリデス…あの後、腕全体と肩をぺろぺろ、流石に体前面は、本当に傷が無い!と納得?して頂き免れました。
疲れました。魂出そうになりました。しかし、流石は、エルフ!一舐めした浅い傷は、スーッと消えるように無くなりました!ファンタジー!
大変、感心していた所、
「次、足」
「は?」
「足」
「お、お許しを…足は、自分で出来ますから」
「ダメ。足の裏が、一番酷い」
「己の愚行を戒めるためにも、残しておきたいでござる!」
「何語?さぁ早く」
「や、やめっ!あっ!」
俯せだった状態から、足を取られ膝を曲げられ、足の裏に信じたくない感触が!
「ひぃやぁー!そんな!とても、汚い!足裏汚い!」
「汚くない。動かないで」
「ぎゃー!!」
足をガッチリ押さえられ、ぬるぬるする感触が、足の裏を這い、くすぐったくて、蹴りあげそうになります。
神様!昨夜、郷愁に駆られた罰でしょうか?あんまりです!あの綺麗な顔が、私の足の裏ー!
非常にくすぐったい!!
「くっふひっふぅっくっくっも、やめ」
…変な声が、抑えられない。
拷問かと思われる程の苦行が、終了する頃には、私は、42.195キロ走った気分でした…。死ねますね。
「ふぅ、他は?他に気になる所は、あるか?」
「いえ全く。全て完璧に治りました。走れるほどです!」
「そうか」
「本当に、申し訳ありませんでした。あんな、あんな事までさせてしまって…」
「気にするな。いつでもやる。だから、いつでも、飛び出していい。心が納得するまで、何度でも。
その度に、必ず見つけてやるから。何度でも治療してやるから。だから、俺の目の届かない所で泣くな。な?」
ありがたい言葉です。
また、涙腺が崩壊しそうです。
「あ、ありがとうございます。」
「あ、それから、贈り物がある」
「…贈り物?」
「森の力を借りて、やっと出来上がった。思いの外、時間がかかってすまない」
ビン?黒い液体?その、液体から薫るものは…まさか!
「しょう、ゆ?」
「あぁ、アキの故郷の味に近付けただろうか?」
「そんな、まさか」
「豆を変異させてくれるのを尋ねて回って、少し時間がかかった。遅くなってすまない」
カビとお知り合いで?!
「味も、醤油!そんな…醤油って、10ヵ月は作るのかかるのに!どんな魔法を?!リアル過ぎる魔法!」
「変異させた豆に働きかけてくれるやつを探して、交渉して、作ってもらったんだ」
こうじ菌と交渉?!
「こ、んな…ありがとう。ありがとうございます。本当に、本当に、感謝しかありません。ありがとうございます」
「元はと言えば、俺が悪い。アキのお母さんのマフラーは、時間魔法が、無いから取り戻せないけど…」
「いいえ、いいえ。こんな事までしていただいて、もう、充分過ぎるほど。ありがとうございます。今日は、私がご飯作りますね!」
「ダメだ」
「えぇー。」
「じゃあ、一緒に作ろう。俺が、作業するから、座って口だけ出してくれ」
そして、ちょうど尋ねて来た長様も一緒に、昼食を食べました。本日のメニューは、みりんを返して頂き、カツ丼です。豚が見当たらないので、ウィという猪のような動物のお肉。
出汁が無いので、少々物足りないですが、塩だけよりはマシです。高齢過ぎる長様の胃が心配ですが、目の色変えて、かっ込んでるので、心配無いでしょう。
「なんと!旨い!!」
「私の国の料理です」
「こんなに、旨いもの食べとるのか?!」
「食に貪欲なので。毒のある魚すら食べますからね。どうやって、毒取り除けるのか研究と努力で食べられるようになりました」
「魔法が、無いんじゃろ?何とも、不思議な」
「人は、欲が深いですから。旨いもの食べる為(違う)に」
「…のう、お嬢さん。実は今日来たのは、昨夜、号泣しながら飛び出したと聞いたからなんじゃ。
アスクとの事は、聞いている。アスクと住むのが嫌になったか、この世界が嫌になったのか確かめたくての。」
「あははは…お恥ずかしい。昨夜、月が1つだったのを見てしまって。故郷の夜空に似ていたんです。思わず、帰れるんじゃないかと、飛び出してしまいました。
今は、もう大丈夫です。ここが、私が立っている場所が、イーストゥーリャだと、心も理解出来ました。全て、アスクさんのお陰です。本当に、大恩人です。」
「…そうか。」
「はい。アスクさんには、感謝しかありません。父母が合わさった程の情の深さ!仏様のような慈愛の深さ!流石エルフ!正に、イーストゥーリャのお父さんお母さんです!」
「ふ?父母?」
「はい!いつかちゃんと一人立ちして、恩返ししたいです!」
「「…」」
「…のう、アスク。」
「…はい」
「大丈夫じゃ、流石のワシも分かる。ちゃんと届く日が来る…と良いがな?」
「今は、そこまで考えがつかないのでしょう、失ったものが大きくて。長には、感謝しています。」
「ワシの見立ては間違いなかったのぅ」
「全て、手の平の上だったのが、少々癪ですが」
「ふぉ。お嬢さんには感謝だの。エルフ最凶の魔法騎士が、蘇った。…人族が、やや不穏になりつつある。あの子を探しておるのだろう」
「常に傍に。奴等は後悔させます」
「怖い、怖い」
私が、お茶を入れようと台所へ立っている間に、話は終わったようです。
ヤカンを持とうとしたら、後ろから、手を取られました。
「俺がやろう」
「これくらいは…」
「さっき昼食を手伝わせてくれなかった」
「いえいえいえ、本当に、もうすっかり良いですから」
ふわっと背に感触があり、あれこれ?抱き締められてないか?と、思う間もなく、耳元で声がします。
「油断はダメ。」
「ふぎょん!」
「フッ。名前嬉しかった」
ビックゥとなった私からヤカンを奪い、湯を沸かしていきます。
…パーソナルスペースぅ、うっうっ。
「そういえば、お嬢さん。さっき一人立ちと言ったかのぅ?」
「はい。家まで建てて頂いて、言う事ではありませんが、私を住まわせて頂いてる御礼に、アスクさんを含め、エルフの皆さんの為になるような、何か恩返しをしたいと考えまして…」
「俺は、皆と一緒?」
「いえいえ。大変お世話になっておりますから、物凄い恩返しをします!何も思いついてませんが…」
「アスク…お主…」
「あっ、でも、一番の恩人は長様です。ここに住む許可を下さったのも、アスクさんをお手伝いに任命して下さったのも。何より!最初にあった時、後光が射して見えて…長様の為ならば、何でもしよう!と、心に決めました。本当に、ありがとうございます」
「…長?」
「な、なんじゃ。そ、それはありがたいが、そうじゃのう…この食事を振る舞ってみては?ワシもまた食べたいしの」
「日本のお食事処!あ、でも材料が…」
「アスク一人で、何とかなるじゃろ」
「確かに、醤油一月未満で作ってきましたし」
「俺なら、何でも協力する。何せ左腕なのだから、望むことは(…帰す以外…)何でも叶える」
「それでは益々、アスクさんに、頼りっきりになってしまいます」
「構わない。アキの故郷の食事を一番に食べられるなら、それがイイ」
「欲のない方ですね。私は、凄い左腕を手に入れてしまいました。料理の腕はそんなに高くないですが、頑張ります!」
「(いや、欲まみれじゃ、お嬢さん)」ボソ
「え?」
「長?」
「い、いや。楽しみにしておるぞ?足りないものがあったから、何でも言いなさい。お嬢さんは、もう、森の、エルフの子ワシの子じゃ」
「お、長様ぁ~」
ぎゅーっと抱き付きます。一万歳なのに、案外ガッシリしています。頭をぽんぽんされ、涙がじわりと滲んだ時、ベリッと音がするかのような勢いで、後ろに引かれました。ふわっと、また背に感触が。
「俺に、何でも言え」
「ぅわっはい!それはもう!」
「アスク…」
こうして緑深き森で、定食屋さんを開く事となったのです。
人生、どう転ぶのか本当に分かりません。
アスクさんは2800歳で、御神木のような慈愛に満ちた眼差しが、毎日注がれ、すくすく私は、生きてます!
目下の悩みは、アスクさんに、どうパーソナルスペースを理解させるかですね。
お読み頂きありがとうございます。