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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第一章
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もう一つの道

 風呂上り。浴衣の背に半乾きの髪を垂らし、縁側に座る。

 奈良団扇で自らを扇ぐ。

 もうそろそろ紫色の羽の扇風機の出番だ。

 月桃香を焚いて釣忍の音を聴く、食前の憩いのひと時。

 ――――だが。


「だーかーら、俺は送りたくて送ってんじゃねーっての」

「じゃあ早く帰りなさいよっ」

「言われるまでもないし?」


 佐々木恭司と楓の言い争う声で、情趣はすっかりどこかに逃げてしまった。

「二人共、少し静かに……」

「あ、なあ! あんたからも隼太に言ってくれよ。俺に下した横暴な命令を解けってさ。何が悲しくてこんなガキのお守なんてしなきゃなんないのさ」


 私は恭司の目を見据えて頭を下げた。


「楓さんをどうぞよろしくお願いします」


 親になるということは、子の為に頭を下げる機会が増えるということでもある。


「――――……ちぇー」


 恭司はぽかんとした顔をしたあと、面白くなさそうな顔で横を向いた。


「夕飯、食べていかれませんか?」

「懐柔かよ」

「懐柔です」


 自衛能力がまだ十分でない楓には守りが要る。

 それには目下、自在に動ける恭司が望ましい。

 秀一郎にも聖にも何の彼のと務めがある。かと言って俊介にこれ以上負い目を作れないし、事態が彼の手に余る可能性も大きいのだ。


「……献立は何だよ」

「鯛の刺身、鶏の手羽元焼き。それからピーマンの素焼き、海鮮サラダに麩の吸い物です」

「喰って行ってやるよ」

「千秋さんには私から連絡しておきますね」


 晩餐に加わった恭司の喰いっぷりは気持ちが良い程だった。

 男が一人増えると、減るご飯の量が、がんと増える。

 

 恭司は時々、聖をちらちらと見ている。

 副つ家の守り人に興味があるのだろう。

 夕食後、手合せしないかと誘った恭司に、聖は苦笑して断っていた。

 ――――無茶を言う。


 恭司の実年齢は三十を超していると隼太に聴いた。

 少年の身体に潜む大人の影。

 そのアンバランスが、彼を見る者に違和感を与えもする。

 瞳の中の鋭利と、あどけなさの残る外見との違和。

 恭司は音ノ瀬の血筋ではなく、楓同様、突発的に生まれたコトノハの使い手なのだ。


 笑うと見掛け年齢相応の顔になる恭司。

 

 私の胸に苦い物が込み上げた。

 己が力の何たるかを知らず、世間の波に揉まれるしかなかった男の人生を想う。

 力を教え、使い方を伝授した隼太は、恭司にとって救いの神にも見えたかもしれない。

 もし先に私と出逢っていれば、もっと優しく緩やかな道を提示したものを。

 そう思うのは傲慢かもしれないが――――……。




挿絵(By みてみん)





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― 新着の感想 ―
[良い点] 恭司と楓。凸凹ながらなんか馴染んできたな。
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