もう一つの道
風呂上り。浴衣の背に半乾きの髪を垂らし、縁側に座る。
奈良団扇で自らを扇ぐ。
もうそろそろ紫色の羽の扇風機の出番だ。
月桃香を焚いて釣忍の音を聴く、食前の憩いのひと時。
――――だが。
「だーかーら、俺は送りたくて送ってんじゃねーっての」
「じゃあ早く帰りなさいよっ」
「言われるまでもないし?」
佐々木恭司と楓の言い争う声で、情趣はすっかりどこかに逃げてしまった。
「二人共、少し静かに……」
「あ、なあ! あんたからも隼太に言ってくれよ。俺に下した横暴な命令を解けってさ。何が悲しくてこんなガキのお守なんてしなきゃなんないのさ」
私は恭司の目を見据えて頭を下げた。
「楓さんをどうぞよろしくお願いします」
親になるということは、子の為に頭を下げる機会が増えるということでもある。
「――――……ちぇー」
恭司はぽかんとした顔をしたあと、面白くなさそうな顔で横を向いた。
「夕飯、食べていかれませんか?」
「懐柔かよ」
「懐柔です」
自衛能力がまだ十分でない楓には守りが要る。
それには目下、自在に動ける恭司が望ましい。
秀一郎にも聖にも何の彼のと務めがある。かと言って俊介にこれ以上負い目を作れないし、事態が彼の手に余る可能性も大きいのだ。
「……献立は何だよ」
「鯛の刺身、鶏の手羽元焼き。それからピーマンの素焼き、海鮮サラダに麩の吸い物です」
「喰って行ってやるよ」
「千秋さんには私から連絡しておきますね」
晩餐に加わった恭司の喰いっぷりは気持ちが良い程だった。
男が一人増えると、減るご飯の量が、がんと増える。
恭司は時々、聖をちらちらと見ている。
副つ家の守り人に興味があるのだろう。
夕食後、手合せしないかと誘った恭司に、聖は苦笑して断っていた。
――――無茶を言う。
恭司の実年齢は三十を超していると隼太に聴いた。
少年の身体に潜む大人の影。
そのアンバランスが、彼を見る者に違和感を与えもする。
瞳の中の鋭利と、あどけなさの残る外見との違和。
恭司は音ノ瀬の血筋ではなく、楓同様、突発的に生まれたコトノハの使い手なのだ。
笑うと見掛け年齢相応の顔になる恭司。
私の胸に苦い物が込み上げた。
己が力の何たるかを知らず、世間の波に揉まれるしかなかった男の人生を想う。
力を教え、使い方を伝授した隼太は、恭司にとって救いの神にも見えたかもしれない。
もし先に私と出逢っていれば、もっと優しく緩やかな道を提示したものを。
そう思うのは傲慢かもしれないが――――……。




