君と私
明くる早朝。
庭に水を撒いていると、青白い鬼火がふわふわと浮遊していた。
昨日の鬼にでもついて来たのだろうか。
まだ明けきらない薄い靄の掛かった空気中に、鬼火の青白さは儚く、幽玄の美を想わせた。
今日は楓の髪をお下げに結い、学校に送り出した。
庭を見ればまだ、鬼火が漂っている。
それを見た私の胸には不快感より、明瞭であからさまな陽光に照らされた鬼火を心配する思いのほうが勝った。
「迷ったか。いずれまた、輪廻の輪に戻ることもあろう。今は眠られよ」
静かにコトノハを処方すると、青白い美しさはいよいよ儚くなり、次いでふ、と消失し、あとには清しい空気のみが残った。
楓が武藤少年を連れて来たのはその夕方だった。
どうも、遠慮する武藤少年を、楓が半ば強引に引っ張ってきたようで、少年――――武藤悟は居心地悪そうに客間に正座している。
「どうぞ、脚を崩して。楽にしてください」
「はあ……」
「あたし、お茶を淹れてくるね!」
「お願いします、楓さん」
台所に楓が向かったあと、悟はいよいよ身の置き所が無いと言った体で視線を落ち着かなく彷徨わせた。
私を偽物の母親と言ったことを気にしているのかもしれない。
「武藤君」
「はい」
「私は、貴方の言う通り、楓さんの実の母親ではありません」
「…………」
「けれど、私には楓さんが大切なのです」
「……」
「とてもとても、大切なのです」
悟は両手を突っ張るようにして両膝に置いて、その拳を見たまま何も言わなかった。
この少年は自尊心が高い。
私が頭を撫でようものなら、彼を傷つけてしまうだろう。
(歯痒いな)
安直に救わせてくれない、人間というものの難しさ。
それは幼い子供であってさえ。
私はふと、音ノ瀬隼太を思い出した。
お茶を飲み、塩豆大福を食べたら、悟の表情もだいぶ和んだ。
帰る際にはキッチンペーパーに包んだ塩豆大福を持たせた。
これからも楓さんをお願いしますね、と言うと、しょうがないな、などともごもご言っていたのが可笑しかった。
私は境界に立つ身だが、コトノハだの副つ家だのが無くても、元来、世には境界がそこかしこにあるものなのかもしれない。
楓と悟。
私と聖。
私と隼太。
違う個人と言うだけで。
私たちは違和を超えて結びつこうとするのだ。




