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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第五章
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花びらを食む

 新しい春が来た。

 特筆すべき事項が二つある。

 楓はこの春から小学校に通っている。

 最初は尻込みしていたが、今では楽しくしているらしい。

 私はちょっと寂しい。

 特筆すべき事項の一点目。

 実は、楓の母である美津子から、あのあと母子手帳が送られてきたのだ。

 楓が赤ん坊の頃、どんな病気にかかったかの記録がある。

 書き込みのある全ページに目を通した私は、黙って母子手帳に向かい一礼した。

 美津子の中にあった母性に打たれたのだ。

 子供は赤ん坊の時が最も手が掛かると聴く。私はその難関を美津子にしのいでもらい、あとの程良く成長した楓を貰い受けたことになる。

 美津子に、胸中で深く謝した。


 二点目。

 桜の樹の幹回りが少しずつ、太くなってきた。

 私の願望による錯覚かと思い、聖にも確認したが、やはりそう見えると言う。

 母のコトノハはもうやれないが、代わりの私のコトノハで、満足してくれる積りになったらしい。寛容で有り難い。



 夕闇に咲き誇る桜の天蓋を仰いで、私は感嘆の息を吐いた。

 枝に手を伸べると柔らかな花びらの感触が優しい。


〝春が来ます。雪も氷も融けます。否応なく季節は巡る〟

〝貴方とて、例外ではありません。生きておられるのですから〟


 そう説いた聖。

 聖の必死の訴えに対し、私は、春は来なくても良いなどと思ったのだ。

 傷口が痛むから――――――――。


 私は愚かだった。

 新しい季節、巡る季節の可能性に目も向けずに拒んだ。

 来てしまえば、どんなにそれを待ち望んでいたかに気づく。


 花びらが一枚、遠慮するように私の髪に降りた。

 夕食の準備をしなければならない。

 私は花びらをそのままに踵を返して縁側から屋内に入った。


 先に野菜などの下拵えを始めていた聖のもとに行く。

 聖は、私を見ると手を伸ばして髪に触れた。

 それから花びらを摘まむと、そのまま口に入れて食べてしまう。


 そんなに空腹だったのか。


 私の思考に返事するように、聖の喉が嚥下の為に微動した。

 そして、赤い双眸で私を見つめる。


〝橋を渡ってくださいね〟


 そのコトノハは、まだ叶えられていない。




挿絵(By みてみん)





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