花びらを食む
新しい春が来た。
特筆すべき事項が二つある。
楓はこの春から小学校に通っている。
最初は尻込みしていたが、今では楽しくしているらしい。
私はちょっと寂しい。
特筆すべき事項の一点目。
実は、楓の母である美津子から、あのあと母子手帳が送られてきたのだ。
楓が赤ん坊の頃、どんな病気にかかったかの記録がある。
書き込みのある全ページに目を通した私は、黙って母子手帳に向かい一礼した。
美津子の中にあった母性に打たれたのだ。
子供は赤ん坊の時が最も手が掛かると聴く。私はその難関を美津子にしのいでもらい、あとの程良く成長した楓を貰い受けたことになる。
美津子に、胸中で深く謝した。
二点目。
桜の樹の幹回りが少しずつ、太くなってきた。
私の願望による錯覚かと思い、聖にも確認したが、やはりそう見えると言う。
母のコトノハはもうやれないが、代わりの私のコトノハで、満足してくれる積りになったらしい。寛容で有り難い。
夕闇に咲き誇る桜の天蓋を仰いで、私は感嘆の息を吐いた。
枝に手を伸べると柔らかな花びらの感触が優しい。
〝春が来ます。雪も氷も融けます。否応なく季節は巡る〟
〝貴方とて、例外ではありません。生きておられるのですから〟
そう説いた聖。
聖の必死の訴えに対し、私は、春は来なくても良いなどと思ったのだ。
傷口が痛むから――――――――。
私は愚かだった。
新しい季節、巡る季節の可能性に目も向けずに拒んだ。
来てしまえば、どんなにそれを待ち望んでいたかに気づく。
花びらが一枚、遠慮するように私の髪に降りた。
夕食の準備をしなければならない。
私は花びらをそのままに踵を返して縁側から屋内に入った。
先に野菜などの下拵えを始めていた聖のもとに行く。
聖は、私を見ると手を伸ばして髪に触れた。
それから花びらを摘まむと、そのまま口に入れて食べてしまう。
そんなに空腹だったのか。
私の思考に返事するように、聖の喉が嚥下の為に微動した。
そして、赤い双眸で私を見つめる。
〝橋を渡ってくださいね〟
そのコトノハは、まだ叶えられていない。




