縁組
「お母さんと行かなくて良かったですか、楓さん」
千秋と連絡を取り、隼太逃亡の報告を平謝りと共に受けたあと、漆黒の卓の隣の炬燵に移動し、私は楓に尋ねた。
聖の視線が物言いたげだ。
先程、私が隼太に平伏したことや、今の質問になど、思うところがあるのだろう。
「うん」
「楓さん。うちの子になってくれますか?」
「ことさんの子に?」
「はい。……よろしければ」
私はまだ迷っている。
私の子になれば、一族をいずれ背負わせることになるかもしれない。
図らずも、楓が攫われた時、音ノ瀬重鎮たちに言ったように。
〝跡継ぎ候補の一人と目していた〟
方便の積りだったが。
楓は炬燵から出て正座すると、畳に手を突き、ぺこりとお辞儀した。
「よろしくお願いします」
「――――こちらこそ」
私も炬燵から出て同じ体勢になり、楓に深くお辞儀した。
顔を上げた私たちは、微笑み合う。
「お母さんと呼ばなくて良い? ことさんは、ことさんって呼びたいの」
楓の言に私の胸が思いがけず痛んだ。
……私は母と呼ばれたかったのだろうか。
「良いですよ」
「ことさんは、あたしにとって、お母さんじゃない。ずっと」
「……はい」
「もっと大きくて、優しいの。大好きなの。一番なの。誰よりも。〝ことさん〟っていうコトノハが、あたしを幸せにしてくれるから」
「…………」
歳を取ったせいか最近、涙腺が緩い気がする。
泣きそうだ。
私も一番好きだと立ち上がって叫びそうだ。
将来、この子が人生の伴侶候補を連れて来た時、お前に楓はやれない、などと言ってしまいそうだ。
夕方になり、鯛のあら煮やピーマンの醤油炒めなどを聖と拵えている時、聖が訊いてきた。
「音ノ瀬隼太は良いのですか、こと様」
鯛のあら煮に使う生姜は刻み終えたらしい。
しかし包丁を持って訊くな。何だか物騒に見えるから。
「一応、追手は出しています」
「捕まりますまい。コトノハの処方を解除してしまいましたし」
「まあ、それはそれで仕方ないですよ。そう悪人でもないようですし」
聖がちょっと呆れた顔になる。
のほほんとして見えるのだろう。
私は温めていたフライパンに胡麻油を敷いた。
胡麻の香りがぷんと漂う中で口を開く。
「……いつになるか解りませんが……その……」
「はい?」
「橋を渡ってくださいね」
緑のピーマンをフライパンに放ち、聖の顔を見ないで済むようにする。
じゅわあ、と立つ音に紛れるようにつけ加えたコトノハは。
「未成年との養子縁組は、夫婦でないと出来ませんし」
言い訳がましくなった。
見なくても聖が微笑しているのが判る。
私の顔が熱いのは炒め物をしているからだ、と自分に言い聞かせた。




