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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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もうずっと逢えないと思っていた

 太陽が、下界に無慈悲な熱を垂らす。本格的な真夏であり、猛暑だ。うちでも冷房を効かせて、外出は控え目だ。大海拉致の報は、家に住まう人々に少なからず衝撃をもたらした。それでも今は、待つしかないと言う事実を、誰もが知っている。大海が乱暴な扱いを受けることはないだろうと言う、それだけが救いではあった。彼の存在は長老たちにとって蜜である。疎かな真似はすまい。午前中、奈苗が快復の旨を告げ、出雲へ帰ると言い出した。

「……大事を取ってもう少し滞在されては」

「もう十分、ご迷惑を掛けたわ。ねえ、兄さん」

 由宇は沈黙する。憂いがちの美貌が、強い陽射しを避けた影の中、彫刻刀で彫り出したように際立っている。色はやや青白いが、鑑賞に値する様相だった。

「花屋敷か、隠れ山の別の家か、それかふるさとに行かれては。どちらでも、貴方たちを歓迎しますよ」

 奈苗の表情が凍りついた。対して、由宇の顔は緩む。

「希望は残酷と嘆きの種だわ」

「それでも人はそれなくして生きていられない」

 妹の固い声に兄が反駁する。

「僕はしばらくこちらにご厄介になろうと思う。ことさんたちの助力にもなりたい」

 奈苗は、由宇に何かを言おうとして、しかし言葉にならず、俯く。

 今日は土曜日なので楓も在宅している。冷たい緑茶を硝子の茶器に入れて、座卓を囲む皆に配ってくれる。この子の存在は柔和な空気を混ぜ込む。その場にいる人の表情が和んだ。こんな小さなことだが大切なことだ。

 結局、九倉の兄妹は、引き続きうちに滞在することとなった。


 うちの前の急な坂を下る。楓と、手を繋いで、彼女のほうに日傘を差し掛けている。撫子と芳江もついて来ている。買い出しにしては人数が多いが、今は非常時である。そう考えると、非常時が随分と長く続いてはいる。昼は明太子と豚肉の夏野菜パスタにしようかと考えていた。食欲減退がちな昨今、精をつける必要がある。

「ことさん。私、奈苗さんと仲良くして良いのかなあ?」

「もちろんですよ。優しくして差し上げてください」

 思えばこの子の環境も目まぐるしい。新しい人間が、彼女の人生に入れ代わり立ち代わり訪れる。果たして情操教育にどういった影響を及ぼすだろう。こちらが思うよりも強い子ではあるが、保護者として申し訳ないと感じる。

 空を向いた楓の額の前髪が流れる。

「あの結界、なくなれば良いのにね。……大海さんは、ちゃんとご飯、食べさせてもらってるかなあ」

「そうですね。大海さんはきっと大丈夫です」

 苦労して手に入れた貴重な人材を、わざわざ磨り潰すことはしないだろう。

「お昼のパスタ、大海さんが戻って来たらまた作って食べさせてあげようよ」

「そうですね」

 前向きな未来を信じる楓の言葉が頼もしい。スーパーでは昼前のセールが行われていて、足音荒く撫子がその中に突撃して行った。


 大海は白い部屋の中にいた。

 調度品は全て白く、殺風景この上ない。窓はないが、光源は謎だが明るいので、閉塞感はない。ここが牢獄なら上等だ。目覚めるとこの部屋のベッドに横になっていた。気づけば部屋中央にある小テーブルに食事が現れるのはどういった絡繰りか。毒はないようだが、積極的に食べる気にもなれず、大海は目覚めてから取り立てて何の行動も起こさず、ベッドにぼんやり腰掛けていた。


 ずっと逢いたかった人がいた。

 自分を置いて逝ってしまった最愛の女性。

 だから大海は、早く死んで、彼女の元へと行きたかった。


 目の前の女性に微笑みかける。


 唯一の人。


「やあ」


 恋焦がれて狂って堕ちる程に。


「また逢えたね。磨理」




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