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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第一章
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一点の凝縮

雨上がり、庭の草木は露を含んでいる。その露が、透明の凝縮のようで美しい。結局、食事会は寿司に加えて私たちの料理を並べることに決まった。麻婆春雨など、中華を入れるとバランスが取れるかもしれない。縁側で麦茶を飲む私の隣には劉鳴殿。オレンジジュースを飲んでいる。感性が若いと味覚も若くなるのか。

「ことさんを宗主にしたことを、後悔したことがあります」

 私は無言で劉鳴殿を見る。

「音ノ瀬本家当主の荷に加え、一人の女性には過負荷であったのではないかと」

「意外ですね。師匠がそんなに配慮してくれるとは考えていませんでした」

 劉鳴殿が苦笑する。その眼差しは色づく紫陽花に向けられていた。

「妻に言われたことがあります。貴方は女心が解っていない、と」

「当主にしろ宗主にしろ、男女は関係ないでしょう」

「僕もそう思いました。けれどやはり、妻が生きていてことさんを見たら、同じことを言う気がするのです。……亡くなる前、僕が強くて心配だと言った人です」

 ああ、その言葉が指すところは、少し解る気がする。

「それなりに生きて醜悪を知るでしょうに、ことさんは未だ玉露のままです。只、強いだけではそうはなれない。けれどそれでは、畢竟、貴方は悲しい人なのではないかと。純粋の煮凝りは、世界の中では如何にも弱い」

「私は、罪も過ちも犯しました。師匠にそこまで言ってもらえるような人間ではありません」

 紅玉がちらりとこちらを向いた。読めない赤。

「生きるということは犯すということと同義です。無垢な赤ん坊でさえ、何かを殺している。その理は貴方にも解るでしょう」

「私に何をお望みですか」

「自分を許すことを」

「――――それは出来ない」

 私が私を許すことは、消えた命たちを軽んじるようで、至難のことと思われた。私は私に同情する余地がない。聖が死んだ時も、赤子を流した時も、私は罪深い弱者だった。

「聴きなさい。貴方は背負い過ぎています。荷を聖君に分けなさい。食事会の前に、それだけは言っておきたかった。つけ込む輩が来る前に。……子を流したことで、いつまで自分を責めるのです。聖君を生き返らせたことを、罪だとでも?」

 私はすぐ近くの草葉に宿る露に手を伸べた。劉鳴殿は優しい自覚に欠けている。飄々とした外面に、誰もが見過ごしていく事実を。亡き奥方の心が偲ばれる。誰より強いから、差し伸べる手がないのではないか。それを危惧したのだろう。

「聖君と分かち合うべきです。貴方たちは、互いを選んだのでしょう?」


 私は露に濡れた手で、劉鳴殿の着物の胸元を掴んだ。

 言葉は出なくて、時間だけが過ぎて、劉鳴殿はずっと動かないでいてくれた。



挿絵(By みてみん)






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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰もが思いながらことを慮るばかりに言えなかったことを個の師匠はあっさり言ってくれます。 自分を許すって簡単なようでいて難しい。 [一言] 劉鳴ってつくづくBANANA FISHのブランカ…
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