三席選出
紫の霞棚引く、仙郷のような空間に私は立っていた。私の周囲を黒い人影が囲んでいる。影は厳かに告げた。
「三席を選出する」
「いきなり人の夢に干渉してそれですか。朝廷の流れですか?」
「然り。我ら古の祭祀を粛々と受け継ぐ者。今以てここに祭祀を司る三席選出の儀を執り行う。ついては音ノ瀬もこれに参じるよう」
「お断りします」
「ならぬ。栄誉と思うて受けよ」
「どうせ伊勢出雲あたりは確定でしょう。残る一席を相争わせて決めるお積りですか。蟲毒ではあるまいに」
「……強気なものじゃ。我らの存念、気に入らぬのであれば尚更、受けよ。三席が一となり、己が望む在り様を目指せ」
強気なものだ、とこちらが言いたい。
「数多の声を聴いてください。鹿島、香取、他にも席次を望む者はおりましょう。彼らの声を、漏らすことのないよう」
嘲笑に似た、低くくぐもった笑い声が響く。
「それ、そのように音ノ瀬とて望みがあろう。力を欲せよ。欲した先に望むものがあろうて」
ふ、と目覚める。まだ夜更けだ。今日は私一人の寝室で寝ていた。こんな時は聖が隣にいないことが寂しい。布団を抜け出して客間に行く。ごそごそ、と動く人間がいる。何やってんだ。
「かなでさん」
「おう、こと」
「何をしてるんですか」
「酒の肴物色中」
「そもそも貴方、いつ来たんですか」
「さっき」
「酔ってますね……」
「うくくくく」
こうなるとかささぎの結界も考えものだ。弾く人間の選別をもう少し絞ってもらうように頼んでみるか。そんなことを考えながらも、私はかなでと縁側に座り、帆立の貝柱の缶詰を肴に酒を飲んでいた。
「ふーん。三席ねえ。めんどっちい」
「ほんとにめんどっちいですよ。つきましては料金上乗せしますので、まだ当分はこちらに与してください」
「まあ、良いけどよ。するってえと選出に参加する気か?」
「止むを得ません。あの石頭たちの思惑に乗るのは癪ですが」
盃を干して庭を見る。虫の音だけが響く。夏の匂い。水が渦巻くように独特な。気象庁がこの一帯の梅雨入り宣言をしていた。時は進む。かなでは赤い髪を左手で弄り、右手の盃に口をつけている。
「一緒に飲めたら良いのにな」
「え?」
「大概のことは、一緒に酒でも飲んで、良い食い物喰ったら、どうでも良くなるだろ?」
成程。かなでならではの発想だ。私は思案する。案外、良いかもしれない。
「お食事会でも開いてみますか」
「え。マジか」
「かなでさん、貝柱食べ過ぎ。私の分も残してください」
「ち」
食事も、一種の呪だ。語らいながら、同じところで作られたものを一同に会して身に取り込む。三席選出の話はどこあたりまで浸透しているのだろう。とりあえずは伊勢出雲鹿島を食事に招いてみるか。梅雨が過ぎて、からりとした陽気の日が相応しいだろう。互いに敵視し、反目し合えば、神代の朝廷に未だ固執する老人たちの思う壺なのだ。




