世界のお握り
心が一度定まると、過ごす日々は水のせせらぎの如くになった。聖にも話した。彼は、こと様のお心のままに、と返した。それに背を押されたように、私は勇を鼓して楓やかささぎ、そしてうちに住まう人たち全員と、寺原田たちにも告げた。彼らの反応は、何だか温かかった。私を見る瞳に郷愁めいたものを感じた。そして皆、一様にして言うのだ。
貴方がそのように言うのであれば。
細かなところに差異はあっても、大体がそんなニュアンスだった。そこには信頼と、優しい諦めのようなものが見て取れる。結局のところ私は、どうあっても我儘なお姫様でしかいられないのかもしれない。
楓が林間合宿に持って行くお弁当に入れるお握りを握りながら、摩耶と撫子にそんな胸の内をぽつぽつ語った。米は熱々の内に、塩を擦り込んだ両掌に取って手早く握り、たらこなど、あの子が好きな具材を入れる。楓を合宿に行かせて大丈夫かという危惧もある。しかしそちらは和久と岡田が請け負ってくれた。隠れ山での生活にも慣れたから、楓を、距離を置いて護衛すると言ってくれたのだ。二人なら心強い。いつまでも私の都合で、楓を学校行事など年相応の催しから遠ざけておくことも出来ない。摩耶は出汁巻き卵を、撫子は法蓮草の胡麻和え、そして今現在、台所にいる唯一の男性である聖はタコさんウィンナーを作っている。銀鱈の西京焼きもある。ウィンナーとお握りを除き、今日の朝食と楓のお弁当を兼ねる。
食べ物を供する行為は神聖なもので、神道においては神饌にも通じ、ニヒナメ=ヲスクニ儀礼と言う専門用語もある。身の内、腹の内に納める物はそれだけ大事なのだ。ここでふらりと迷い込んだ風を装う劉鳴殿が、箸をタコさんウィンナーに伸ばしてきたので、私はその手の甲をぴしゃりとやった。ぶー、と上がる不満の声。
「良いじゃないですか。減るもんじゃなし」
「確実に減りますよ。楓さんのお弁当に何するんですか」
ちぇー、と若者ぶって言いながら、今度は味噌汁の蓋を開けて中身を物色する。落ち着きがない。これで本当に聖と同年代か。そこにもーちゃんがぽよん、とやって来て、劉鳴殿にタックルをかましてくれた。良い相手になるだろう。
まだほかほかのお握りを握る手に力を籠める。ぎゅ、ぎゅ、と。祈りも籠める。たくさん食べて、大きくなって、健康で長生きしてくれますように。楓に対するものと同じような気持ちを、白夕たちにも抱けるから不思議だ。一旦、胸襟に抱くと人は寛容になれるらしい。世界中の人間に届くと良いなどと、欲張りなことを願ってしまった。
『古代天皇と神祇の祭祀体系』参照。
今日中にもう一話更新する可能性があります。




