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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
乱刃血縁編 第六章
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迷い込んだ君はハゼラン

 それからしばらくはコトノハ薬局も休業した。私は床に就いたり起きたりを繰り返す日々を送っている。無理が祟ったのかもしれない。浴衣に羽織を着て、黄昏の縁側に座っていると、寂寞のような、慕情のような念に駆られる。月桃香の匂いが揺らめいて私に纏わりつく。ねぐらに急ぐ烏の姿。溶ける黄金。柱時計が六時を知らせてから間がある。日が長くなった。台所では、もう撫子たちが夕食の準備をしている。私はもーちゃんを膝に置いて所在ない。こんな時は楓かかささぎ、聖が隣にいてくれる。そんなことを考えていると、楓がやって来た。

「ことさん、大丈夫? きつくない?」

「大丈夫ですよ。有り難うございます」

 私は楓の頬を手の甲で撫でる。楓がくすぐったそうに笑う。こんな顔を見ると俄然、嫁にやりたくなくなってしまうから現金なものだ。まあ、楓は婿を取ることになると思うが。風がざわめいた。は、と顔を上げると、庭に架橋さだめが立っている。劉鳴殿といい、生垣を飛び越えて来ているのだろうか。神出鬼没だ。そもそも、麒麟が張った結界はどうなっている。さだめは私と楓を見て、物言いたげな表情だ。

「具合は良いのか」

「だいぶ落ち着いています」

「音ノ瀬こと。俺はお前を殺そうと思っていた」

「なぜ?」

「なぜ? なぜ……。なぜだろうな。表の宗主だからか、本家の当主だからか……。俺の歩んで来た道は日影で、それをお前のせいにしたかったのかもしれない」

 口振りから、その考えが間違いであることを、さだめはもう自覚しているようだ。

 すい、と私は動いた。

 さだめを抱き寄せていた。さだめの身体の微動から驚きが伝わる。

「よしよし。きつかったですね」

 よしよし、と私は繰り返してさだめの頭を撫でる。敵と言うより、自分より若い青年を抱擁する心持ちで。

 さだめに突き飛ばされた。

「ことさん!」

「俺に慈悲を垂れるな。本当は残酷な癖に」

「そうですよ。残酷だから、貴方に勝手に同情しているのです。残酷だから、貴方を優しさで包みたいと思うのです」

 さだめの表情に亀裂が走る。

「まだ私を殺したいですか」

「――――解らない」

「それもまた答えです」

 さだめは風のようにその場から去った。聖が駆けつけた時には、もう影も形もない。私たちの身を案じる聖に、私は微笑を向けた。

「迷子が入り込んで来たようなものですよ。さだめさんも、色々と迷っているようです」

「余り不用意に心を開かれませんよう」

「…………」

 私は足元のハゼランを見た。生命力の強い雑草だが、その花の可愛らしさゆえに、ついむしる手を止めてしまう植物だ。

 そのように、稚いものには人は誰しも情けをかけるものなのではないだろうか。結界がさだめを阻まなかった理由が解った気がした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 自分が一番苦しい時にまで他人……それも敵にまで情をかけることさん。数人が眉をひそめようと、劉鳴が苦言を呈そうと、隼太が舌打ちと冷笑で嘲ろうとそれは一切合切これからも変わらない。 それが時に…
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