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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第四章
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かえして

〝見つけるのが遅れて辛い思いをさせましたね〟


 背が高くて姿勢の良い秀一郎を遠目に見つけた時、楓の心に、嘗てのことの声が木霊した。

 それは神託を告げる稲妻のように、小さな楓に(とどろ)いた。

 強く強く、胸を鷲掴み。


(帰りたい)


 そう、希求させた。


 桔梗の花、蝉の抜け殻、ビー玉、テディベア、ソリティア。

 紫蘇の花も柴漬けも、釣忍の音も月桃香の匂いも――――――――。


 気づけば頬が濡れていた。

「楓ちゃん……」

 俊介の気遣わしげな声も耳に入らない。

 最初から、平気な筈などなかった。

 気丈にしようとしても、不安は膨らみ続けたのだ。

 秀一郎の姿を見たら、もう限界だった。

 少女の声無き滂沱を、俊介は痛ましい目で見つめた。


(帰して。あたしをあの家に帰して。ことさんをあたしに返してよ)


「楓ちゃん。部屋を出よう」

 意を決した俊介が言う。

 楓は熱い双眸を俊介に向けた。憔悴して無精髭の伸びた顔。なのに真剣で落ち着いた声音に、彼もしっかりした大人の一員なのだと思う。


「行けるところまで行ってみよう。上手くすれば、ことさんや聖さんと合流出来るかもしれない」

 楓は頷いた。頷く際、目が上下に動く間に、俊介の手首を縛るロープが視界に入り一抹の不安を感じたが、それでもその提案に乗りたかった。

 ことを求める想いの奔流が彼女を突き動かす。


 艶めく木の扉の把手を掴むとひんやりした。

 楓はなるべく音を立てないようにそれを回し、押す。

 俊介と廊下に出て、歩き出そうとした時、俊介がよろめき倒れ、床に身体を打ちつけた。

 極度の疲労困憊に、脚をもつれさせてしまったのだ。




 がたがたん、と廊下から響いた音に隼太が、半瞬遅れて聖が反応した。

 書庫から飛び出た隼太をすかさず聖が追う。

 南東方向の部屋の前に、倒れた俊介と、それを助け起こそうとする楓がいる。

 状況を呑んだ聖は、俊介の両手首を縛るロープに向け、物差しを一閃した。

 ばらばらと縛めが落ちる音。

 隼太が舌打ちする。


(ばく)!」

(さん)!」


 再度、楓たちを捕えんとする隼太のコトノハを聖が打ち消す。

 息継ぐ間も無く叫んだ。


「こと様が一階におられる! 行ってくれ、ここは僕が」

 隼太の繰り出す拳を避け、と、とん、とステップするように足を鳴らす。

 急成長した肉体年齢にまだ慣れないが、円滑に動けることを確認して聖は安堵した。

「引き受けるから」


 笑う赤い目と唇。

 長い白髪の青年の風貌に戸惑いつつ、楓も俊介も頷いて階段に走った。


 聖に牽制された隼太は、それを追えない。

 そして聖が彼らを急がせた別の理由に思い当たった。


「お前、大海に嫉妬してるのか」

「この場面でのコトノハが、それで良いのかい? それこそ訊きたくなるけど」

「傑作だな。鬼兎はロリコンか! 大海と大して気違い振りが変わらないじゃないか」


 聖は物差しで宙に斜線を描いた。

 紫陽花色のコートにそれと同方向の切れ目が入ると、隼太の顔つきが変わった。


「……この(あがな)い、高くつくぞ。音ノ瀬聖」




 白髪の青年に促されるまま、楓と俊介は階下に駆け降りた。相変わらず、俊介の脚はもたついたが、もう倒れるような失態は仕出かさない。

 ことがいる、と青年は言ったが、どの部屋なのだろう。

 一階の床に足を着けた瞬間、優しい音楽が聴こえてくる。

 俊介も楓も、階段真横の応接間に迷わず向かった。

 優しい音源に、ことがいると疑わず。


 楓が、もう冷たいとも感じない把手を掴んで力一杯、開け放った。

 驚いた顔でこちらを向く二人の男女。


「――――ことさんっ!」

 











挿絵(By みてみん)











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