散骨と集約
朝からすっきりとしない曇天だ。
空気の湿りは驟雨を予感させる。長く泣く空ではあるまい。
私は庭に立ち、檜の桶の中に手をザラリ、と突っ込み一掴みすると、草木の寝床に向けてばら撒いた。それらは虹色めいた光沢をいくつか刹那に見せる数片を除いては、主張少なく散り散りに落ちた。
ぱらぱら、と軽い落下音。音の多くは湿った土と草に吸い取られた。
撒いたのは昨晩食した牡蠣の殻を、金槌で粉々に砕いた物である。
カルシウムを豊富に含む牡蠣の殻は、広く肥料に利用されている。
私もそれに倣ってみた。
これは牡蠣の散骨だ。
いづれの命もいつかは土の、奥深くに集約されるのだ。私も。
散骨を終えた私の目の前に、するりと白蛇が現れた。
口に大きな鼠のような生き物をくわえている。青大将のアルビノであろう、この白蛇は、私の家に棲みついている。
爬虫類に特有の酷薄を感じさせないつぶらな瞳は、紅玉のように赤い。白い蛇体には、卵の黄身を薄く溶かした色の鱗がちらほらとある。
それがくわえる茶色の毛は、ヌートリアだ。
沼狸。
ぬまたぬき、しょうり、などとも呼ばれる。
しょうりは勝利に通じると、軍部より飼育が奨励された過去もあったらしい。
昨今では侵略的外来種と疎んじられる向きが強い。
白蛇は、どこか誇らしげに首をもたげて私を見ていた。
私は紅玉の双眸に視線を合わせて頷く。
「ありがとう、お手柄だったね。これからも君の働きに期待しているよ」
会社の上司の常套句のような私のコトノハに、それでも白蛇はいたく満足した様子で、ヌートリアをくわえたままするすると縁側の下に入って行った。
青と赤に染まらんとする紫陽花がまるで一対の、似合いの恋人のようだ。
私は花から視線を外し、長靴を脱いで縁側に上がった。裸足に木目のざらついた板をひんやりと感じる。
朝食には素麺でも茹でて食べよう。