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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第三章
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百合の音色

「良いですね、貴方は」

 そう評されて、私は彼女を眺め遣った。

 セミロングの、軽く染めた髪。モヘアのセーターに、カジュアルなネックレスのチャームが控えめに光る。小さな商社の事務で働いているらしいので、服装にも装飾にもそれなりに気を遣うのだろう。

「こんな立派なお宅に一人で暮らせて。維持するのは大変でしょうけど、その歳で自分の城が、しかも一軒家が持てるなんて恵まれてますよ。私なんか、うちが窮屈で堪らないのに、臨時職員の給料じゃ独り立ちだって厳しい。なのに結婚した友達は、私を独身貴族だって羨ましがる。自分なんか育児に追われて楽しむ余裕なんて全然無いわって。何も知らないで、人のこと僻んで。私だって、カウンセラーみたいな特殊な仕事をして、恰好よく働きたかった。きっと勉強して資格を取った貴方は勝ち組なんでしょうけど。どうやったらあなたみたいに、好きなように生きて行けるんですか?」


 いきり立った勢いのまま、どこにもぶつける宛ての無かったのであろう憤懣のコトノハを、彼女は一気に出し尽くした。

 それから顔を少し歪める。

 感情に任せて口走ったは良いものの、自己嫌悪で傷ついているのだ。


「どうすれば、良いのでしょうね……」


 私が呟くと、彼女は顔を上げた。


「どうすれば、好きなように……、自分の望む通りに生きられるのか、私にも解らないんです。ですから貴方の問いに答えて差し上げることは出来ません。すみません」


「……いえ」


 恥じ入るように俯いた彼女が気の毒だった。


「帰り道はきっと寒いでしょう。ホットミルクティーを淹れるので、飲んで行かれてください」


 シナモンスティックは無かったので、生姜を摩り下ろして、蜂蜜と一緒にミルクティーに混ぜた。

 カップを両手で持つ彼女の指の爪は短く切り詰められ、それでも可愛いピンクのマニキュアが塗られていた。それは私には何だか遠い世界の色彩のようで、羨ましいと思ってしまった。

 彼女を見送り、流しでカップを洗う。


 優しい酸素が足りない。

 多くの人が生き辛くて喘いでいる。


 ずっとずっと遡れば、もっと人が和み生きる時代もあったのだろうか。

 あったのだろうか?

 


 その夜、家に音ノ瀬の重鎮が顔を並べた。

 客間は厳かで重々しい空気に包まれた。

 上座に座る私の右後ろに秀一郎が、左斜め前に聖が、一族を牽制するような姿勢で座っている。尤も、二人の身体には力みが無く、意図して威圧感を消そうとしているのが判る。

 萎縮させては彼らから滑らかなコトノハが届けられない。

「緊急の呼び出しに応じてくれて礼を言う」

 私の労いに一同が頭を下げる。

「昨日、私の家に預かっていた水木楓、並びに彼女の護衛を任せていた客人でもある山田俊介が姿を消した。竜巻の処理に追われたこちらの間隙を突いての、音ノ瀬隼太の所業である可能性が高いと私は見ている。それにつき、皆の意見を聴きたい」


 漸次、譲り合うような空気が流れた。

 初老の男が口を開く。


「つまり御当主は、竜巻は人為的に発生させられたと考えておいでなのでしょうか?」


「そうだ。古くには前例もある。知っておろう」


「しかしそれでは、音ノ瀬隼太のコトノハの力、これまで以上に侮れぬものと見なさねばならなくなりますぞ。確かにあの、音ノ瀬隼人の血を引く孫と考えればそれも頷けますが――――」


 別の男が遺憾の表情でそう発言する。

 ざわめきが客間に生まれる。

 また違う女性が声を上げた。


「御当主が直々に我らをお呼びになる程です。その、水木楓と言う少女は、一族にとっても重要な子供ということなのでしょうか?」


 当然生じるであろう、この疑問に対する答えは用意してあった。


「彼女は音ノ瀬の血筋にあらず。しかし幼いながらコトノハを処方する才を既に発揮している。私は彼女を跡継ぎ候補の一人と目していた」


 方便であるコトノハを同族に処方する。

 強いコトノハの処方は、音ノ瀬一族の耳にさえ、真実として響くのだ。

 私は楓を取り戻す為に同族を欺いた。


「成る程。であれば、この次第も得心出来ます」


 頷く皆に、心の中で詫びる。

 楓にも詫びた。

 もっと早くに手放していれば、巻き込むことにもならなかった。


「……ついては、音ノ瀬隼太の所在だ。これまで一族の若者、二名が消え、それでも彼の所在は僕らにすら知られずにいた。コトノハによる情報操作が成されているのだろうが、些少なりと、心当たりのある者は申せ」


 副つ家の聖の命令は、私とは異なる重みで居並ぶ面々に受け取られる。

 か細い声を出したのは、行方不明となっている若者の一人、音ノ瀬聡子の母親だった。その面持ちは憔悴し切っている。


「どれ程、関わりがあるかは解りませんが……。交通整備もろくにされていない田舎に、年中、花が咲き乱れる花屋敷と呼ばれる家があるそうです……。都市伝説と田舎の伝承が混じり合ったようなものとして、語る人とて笑い話にしていたのですが」


 秀一郎と聖、双方の気配がぴり、と緊迫した。

 花屋敷。

 私の脳裏に、狂い咲かされ、散らされた椿の光景が蘇る。

 温和な声を心掛け、私は彼女に尋ねた。

「凡そでも構わぬ。場所は解るか?」

「はい、はい……。聡子の手掛かりになるかもしれないと思い、聞き出しております」


 母親の、必死の情か。

 私は引き摺られることを恐れ、秀一郎に顔を向けた。


「秀一郎。彼女の話の詳細を聴け。場所の特定を頼む」

「はい」


 私と一族の境を隔てるように置かれた漆黒の卓上に目を据えていた男が、顔を上げた。


「音ノ瀬隼太を見つけたら、御当主は如何されるお積りですか?」

 強い視線。一族でも古株で、私の成長を見守ってきた男から、私も目を逸らさずに答えた。

「あの男と話をして存念を知る」

「然るべき贖いを命じられませ」

「無論、考慮の内だ。それについては私に一任せよ」


 幹回りが太く、どっしりとした大樹をイメージし、私はコトノハを処方した。

 そのくらいしなければ引き下がらない相手だ。


 反論の声は上がらず、その後は幾つかの確認事項を遣り取りすると、それで散会となった。


 その翌朝、私は重音嬢の見舞いに出かけた。

 聖もついて来た。

 もう、彼を家に残す必要も無い。私は好きにさせた。

 人が泣いても笑っても空は晴れたい時に晴れる。

 皮肉なくらいの晴天で、痛い程に陽射しは降り注いでいたが、私は聖が勧める日傘を拒んだ。

 叱声を浴びるように炙られたい気分だったのだ。


 総合病院の個室の戸をノックすると、花野家の執事の柴本が戸を開け、私の顔を見ると深く一礼した。

「音ノ瀬様。いらしてくださったのですか」

「ニュースで知りまして。……お見舞いに伺いました」

 私はコスモスの花束を揺らした。

 室内の卓上には先客の花々があったが、構わないだろう。

 本当は重音嬢の好きな百合を持って来たかったが、見舞いにするには香りが強いので避けた。


「ことさん。綺麗なお花。嬉しいわ、ありがとう」


 ベッドから身を起こした重音嬢が、いつものようにおっとりと笑った。

 頭に巻かれた白い包帯が痛々しい。

 重音嬢からコスモスを渡された柴本が、水に挿すべく再び一礼して部屋を出て行く。

「検査の結果はどうでしたか」

「まだよく解らないけれど、大したことは無いと思うわ。痛みもね、そんなに無いの。ただ少し、額に傷痕が残るかもしれないんですって。縫ったんですもの。仕方ないわね。……でもお母様や柴本が、すごく気にしてるわ」

「……女性の顔ですからね」

 もしもそんなことになれば、私は一族の不始末の責任を取る為に、彼女の傷痕を気付かれぬ間に治そう。

 他の負傷者たちも同様に――――――――。

 これだから音ノ瀬の人間は医療に従事出来ないのだ。


「……ことさん。どうしてそんなお顔をなさってるの?」

「そんなとは?」

「御自分を責めてらっしゃる?なぜかは知らないけれど」

「…………」

 重音嬢の、子供みたいに澄んだ目が瞬いた。

「貴方は悪くありません」

「…………」

「憶えてるかしら。初めて会った日、貴方がわたくしに言ってくれた言葉よ」

「……憶えています」

「嬉しかったわ。あの言葉。あんな単純な言葉なのに、わたくしの胸に深く沁みました。だから貴方にもお返しするわね、ことさん」

「…………」

「ことさん。貴方は悪くないわ……」



 祈っても良いのだろうか。

 楓は無事でいると。

 酷い目に遭わされたりしていないと。

 当主ではなく、一人の母親のように。

 私にも祈ることは許されるだろうか。


 重音嬢の優しさに甘えて、心のままに取り乱して、怯えて、泣くことが出来ればどんなにか楽だろう。


 けれど私はそのどれ一つ行動には移さず、仮面を外そうとはしなかった。






挿絵(By みてみん)






 


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