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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第三章
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浮橋

 途中からは、うたかたのコトノハを用い、私は自分と聖を飛ばした。

 風に衣服や髪を煽られながら、マンションの屋上に降り立つ。

 丸く無骨な貯水タンクの横。

 飛ばされないよう、聖が私たちの周囲にコトノハの壁を巡らせる。

 それでもパーカーのフードがはたはたとはためいた。

 私は旋回する風の脅威に向けてコトノハを処方した。


「黒龍よ。汝、眠り暴かれし黒龍なり。なれば今ひとたび、和み安らぎに憩えよ。鎮まり散じよ。緩やかに緩やかに――――」


 竜巻に頭があるとすれば、それを撫でる声音を紡ぐ。

 こういう時はあやすように言ってやるのが効く。

 傍らには副つ家の聖がいる。

 私のコトノハは最大限に効能を増幅されている。

 もちろん、竜巻は龍ではない。気象現象であって生物ではない。

 私は竜巻を名付けて仮初めに命を与え、それが霧散するまでの物語をコトノハで紡いで聴かせたのだ。

 シナリオを作り、自分の望む結末に終息させる。

 両親より教わったものではない。自分で考え出したコトノハのアレンジだ。昔、天候を操る音ノ瀬の子供がいたと知ってから、どうすれば自分にもそれが可能かと考えた結果だ。

 私のこうした研究熱心さは、同族に畏怖され、より遠ざけられた。


「御当主。風がやみましたよ」


 聖の声に空を仰げば、猛っていた黒龍は消えている。

 過ぎてしまえば呆気なく、いつもと変わらない秋の、少し冷たい風と陽射しが戻っている。もう一頭の龍の姿も、視界には見出せない。秀一郎たちが収めたのだろう。

 屋上から見渡す限り、街に激しい損壊や負傷者なども見られない。音ノ瀬淑美たちも健闘してくれたようだ。

 戻った風の優しさに、私はほっとした。

「帰りましょうか」

 私は聖に声を掛ける。

 マンションの屋上に着流しで立つ白髪の少年はだいぶ浮いている。


 逃がすまじと言うような目で見るな。

 私は強いて平静を装った。


「うたかたはかつ消えかつ結びて久しくとどまりたる例なし」


 飛ぶ間、はぐれてしまうことのないように、聖が私を後ろから固定する―――抱きかかえる状態になるのは不可抗力だ。


 風の中は自由で透明で、何を言うことも許される気がする。

 多くの人と同様に、私も優しさや温もりには弱い。

 後ろの体温に囁きかける。


「教えたら、橋を渡ってくれますか」

「――……こと様」

「私が撃ち砕きたいと思ったものを、告げたなら――――」


 全てを暴く透明の風が今しばしの猶予をくれる。


「僕は……貴方さえ望んでくださるなら、このまま、こと様をふるさとへ攫います。けれど、貴方はそれを望まれない。ならば、どうすれば良いのか」


 腕の力が強まり、聖の白髪が私の右肩と首の境に押し当てられる。

 私の頬をくすぐる白髪の柔らかさが愛しくて悲しい。



 ……なあ、聖。

 


 ふるさとで遊んだあの頃のまま、時が止まっていれば良かったな。

 二人だけの狭い世界が、今にして思えば至福だった。

 私はお姫様で貴方はウサギさんで、二人ぼっちでいられた。




挿絵(By みてみん)



 

  あの時、あの場所であれば、貴方も橋を渡れただろう。


  向かいから飛んできた鳩が、なぜこんなところに人間がいるのかとぎょっとしたように、慌てて私たちを避けた。


 

 家の庭の、痩せた桜の樹の近くに舞い降りる。

 夢の終わり。

 透明な時間は去った。聖の腕が解かれる。殊の外、ゆっくりと。


 青緑と玉虫の光沢から放たれ、私は落胆して、安堵した。

 そして、釣忍の知らせた異変を聴いて、家に駆け込んだ。

「楓さん!山田さん!」

 あとから続いた聖も二人の姿を捜すが、どこにも見当たらない。

 二人してどこかに出かける筈はない。

 竜巻が発生しているから外には出ないほうが良いと、俊介自身が言っていた。

 だがもう安全だと思い、外出した可能性も――――――。

 

 私の願望は否定された。

「御当主」

 張り詰めた聖の声に顔を上げると、厳しい面持ちで、彼は卓上を指差した。

「これを」


 ソリティアの丸い盤が置かれている。

 盤上、中心に一つだけ置かれた赤いビー玉。

 俊介と楓では出し得る筈のない最適解。

 戯れに置いたにしてはタイミングが良過ぎる。

 その意味するところは。


「……音ノ瀬隼太か」

「恐らくは。二人を拉致したのでしょう」


 聖の携帯が鳴った。

「もしもし?」

『聖君。そっちは上手く行ったようだね。こちらの竜巻も抑えた。ひとまずは』

 奥歯に物の挟まったような言い方に、聖が眉をひそめる。

「何かあったのかい、秀一郎君」

『……僕が向かった音ノ瀬辰巳らの自宅近くには、女子大キャンパスがある』

「そうだったな。それで?」

『数名の学生が暴風に煽られ、倒れた自転車に巻き込まれ、頭部などを打った』

「…………」

『内、一人は花野重音嬢だ。今は病院に運ばれ、精密検査を受けている』


 通話は私にも聴こえるようにしてあった。

 聖が私を見る。私は無言で掌を差し出した。

 渡された携帯に語りかける。


「秀一郎。私だ。楓と山田俊介の両名、音ノ瀬隼太に拉致された可能性が高い。至急、一族の主立った者に緊急招集を掛けろ」

『……承知致しました』


 私は荒ぶる気持ちを鎮めようと両目を閉じた。

 平常心でない者に当主は務まらない。コトノハも処方出来ない。

 ささくれ、波立った気持ちでコトノハを紡いではならない。


 音ノ瀬隼太。


 暴挙を仕出かした孤独なあの男に、どんなコトノハであれば効くのだろう。



(貴方も独りだった。私も、聖も。その点では私たちは、とてもよく似ている……)


 おかしな話だ。対立している私たちなのに。

 チェコ硝子の赤も、ぽつねんとして寂しそうに見える。

 何だか視界が暗いと感じる。

 





挿絵(By みてみん)









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