毒吐く
季節問わず、爛漫と花咲き乱れるその家は、いつの頃からか花屋敷と呼ばれるようになった。
人里離れた鄙びた景色に、突如として現れる花々の賑わい。
むせる程の種々の芳香は、来客を攻撃せんばかり。
薄暮、紫に飛空せる烏の二羽、三羽、飛び違う妖しさも馴染み。
洋風を表面ばかり装った住居は、大正期に建てられた物だった。
建築家の拘りだったのか、暖炉だけは立派に備え付けられた応接間に、ぎい、ぎい、と不満そうな音が響いている。
深い艶美な茶の揺り椅子の、弓形にしなった底木が、絨毯、その下の床を軋ませて鳴らす不協和音だ。
隼太が身を埋める椅子は、そうした椅子だった。
祖父である隼人は、その不協和音を勇ましいと称して褒めた。軍人に対するように、揺り椅子に敬意を払った。
揺り椅子に限ったことではない。
花屋敷は不調和で覆われていた。
コトノハで狂い咲かせた花も、流れる空気、響く音も。
「さくさくさく 狂わば狂え、舞い誇れよ、お前たちの盛りを俺に見せろ」
薄い唇が絶対王者の強さと残酷さでコトノハを紡ぐ。
紫陽花が、椿が、薔薇が、必死でさんざめく。
必死。――――必ず死ぬと知りつつ。
室内でも紫陽花色のコートを脱がないのは、それが隼太にとって鎧のように思える品だからだ。纏っていると落ち着き、安心する。
不調和が支配する空間で、隼太が好む唯一の安らぎと言って良い。
あの晩、咲かせ、裂かせはしたが、隼太は椿の花を愛でていた。
(首が落ちる様を連想させることから、椿は武家では不吉と嫌われたが、その散り際は潔く美しい)
隼太の重んじる、散る美学だ。
秀一郎は己の意思で選ぶべき、と言ったが。
選ばせる力があって、それを行使してはならない道理がどこにある?
戦争は政治の継続であると唱えたプロイセンの男に、隼太は同調する。
同調しながら、目は庭の花の上を泳ぐ。
唐紅の椿の花弁は、女の唇めいて誘うようだ。
ことの唇は色濃くはなかった。隼太には些か物足りないと思わせる、淡く、澄んだ発色だった。健全な。
子供の頃出逢った時に比べると随分見違えたが、彼女の芯を象る、根本的なものは変わっていないように感じられた。
それは祖父・隼人が憎んだ本家の清廉さに通じるかもしれない。
忌まわしき澄明。
花の芳しさに包まれながら、隼太の瞳は暗く冴えていた。
(音ノ瀬こと。お前は、俺を見逃したではないか)
そうするだけの、靡くだけの心の要因があったのだ。
本家の中で育まれる闇があったのだ。
それゆえにことは、自分にとって同胞となる筈だ。
人を空間から飛ばす力をも持つコトノハ。
副つ家の聖は、成る程、鬼兎だが。
ことに比べれば可愛く映る。
「俺がお前を神にしてやる」
椅子を揺らすのをやめ、独白する。宣言のコトノハを花々に染み入らせるように。
花の色香が妖しく、きつくなる。
隼太はコートの身頃を左手で掴み、目を細めた。こまやかな並びの上睫が天から地へと向かう。
咲かせた花はいつでも散らすことが出来る。
生殺与奪の権を持つ余裕は、隼太にとって紫陽花色のコートと同義だった。




