うっかり
鍋の季節である。
ぐつぐつぐつ、とお馴染みの音。
方々から伸びる箸。
血の繋がりが無くても、なんちゃって一家団欒の気分が味わえる。
肉厚のどんこ椎茸、平茸。
生姜と卵を練り込んだつみれ。
豚肉が鎮座し春雨が泳ぐ。
「くぅあー」
美味しさにうっかり声を漏らすと、聖と楓から注目され気恥ずかしい思いをする。
白く艶のある厚い平戸焼の盃で、熱燗をきゅいっと飲む。
「うめー!」
また注目される。
いかん。いかんいかん。ついコトノハが。
楓がいるのだから。
でもあんまり驚く顔も見せない。
大丈夫なのかな。しかし酒は程々にしておかねば。
楓の表情を窺っていると、視線を感じた。
聖が私を見ている。
いや。正確には私の箸を。
黒い漆塗りに、兎と満月の螺鈿細工。金で薄が描かれた箸。
私は赤い目から逃れるように、箸を鍋の陰に隠れる位置にずらした。
気まずい。
ぐつぐつぐつ、と鍋が鳴る。
湯気の向こうから心の底まで見透かされているようで。
赤い目は口程に物を言う。
私は酒に酔っているのだ。聖の眼差しに酔っているのではない。
そう自分に言い聞かせる。
仕上げは雑炊と決まっている。うどんやラーメンでも可だが、今夜は雑炊だ。
卵がとろとろ半熟状態の熱い雑炊をふーふー冷まして、楓にあーんと食べさせるのだ。
もったり円やかな雑炊と、さっぱり濃い味の柴漬けは、見事なハーモニーを奏でるに違いない。
想像すると嬉しくなって、何を考えていたのか忘れてしまった。
酒が美味い。
後片付けを聖に任せ、楓と寝室に引っ込む。
自分が動かなくても食器が秩序正しく扱われる音が響く。
のほほんとそれを耳にする長閑さを、ここしばらく忘れていた。
昔々は確かに私も、母の紡ぐそうした音に守られていたのだ。
聖が食器を洗う後ろ姿は、失われたものを覆うようにも、償おうとするようにも見えた。
私の箸を、どういう気持ちで洗っているのだろう。
寝室に入るとパジャマに着替えた楓が、ちょこんと正座した。
「ことさん」
「はい」
「ちょっとそこに座ってください」
「は、はい」
真剣な顔。
飲酒を怒られるのだろうか?
そんなに飲み過ぎなかったと思うのだけど。
私はちょっとびくつきながら楓の言葉を待った。
「ことさんは、結婚するの?」
「――――はい?」
「ひーくんか、しゅんくんか、しゅういちくんと結婚するんですか?」
なぜ。
私はぽかんとして口を半開きにした。
楓は続ける。
「あのね、あたしのお母さんのね、口癖がね、〝男はダメねえ~〟だったの」
「……は、い」
「あたしによく言ってたの。ちょっと好きな気がするからって、カルハズミに結婚するとあとで後悔するわよって。早まってはダメよって」
「はい」
――――その訓戒はどうなんだ、楓のお母さん。
お前の父親ははずれだったと言うようなものではないか。
そんな私の心中は知らず、楓がぴ、と人差し指を立てる。
「ひーくんはね、頼もしいけど、何だかよく解らないとこがあるし、しゅんくんは、良い人だけど、ちょっと頼りないし、しゅうくんは、色々出来過ぎて、それはそれでどうかなあって、思うの」
おおお。
どうコメントすれば。
驚くべきは楓の観察眼だ。
この子は無邪気なだけの子供ではない。
「あたしは皆好きだし、最後は、ことさんの気持ち次第だけど」
「はい」
「あとで後悔しないように、よく考えてください」
「はい……」
言うべきことを言い終えた、とばかりに、楓はほう、と息を吐いて表情を緩めた。
子供は大人が思う以上にずっと大人だということを思い出した。
どうしてそんなに物が解ってないように見くびるのかと、私自身、幼い頃は歯痒い思いをしたではないか。
そして大人は自覚する以上に子供だ。
楓が私を守ろうとしているとは、今まで気付かずにいた。
〝当主ならば人であってはいけませんか、幸福を望んではいけませんか〟
なぜか彼女の声を思い出した。




