貴方に似た独り
ことと楓が寄り添って縁側に並ぶ背中を、俊介は客間から眺めていた。
この家に流れる空気が大らかで、ことが浮世離れした風情である理由がまた一つ解った気がする。
「力を持っていれば良いって訳でもないんですね……」
年月を経た赤い目が俊介を向く。
「……昔々、あるところに目の不自由な人がいてね」
語りながら聖もことたちを眺める。
俊介が気付けばいつも、彼はことを見ているように思う。
ふ、とざわめきそうになる俊介の心の水面を知らぬ顔で、聖は続けた。
「彼の耳は、目が不自由である人ならではの敏感さで、人の声音に宿る心情を聴き取ったそうだ。……例えば、ある人が〝おめでとう〟と人の幸福を祝っていたとする。けれど彼の耳にはそれが、祝福ではなく、妬みを持って聴こえる」
妬み、と聴いて俊介はなぜかどきりとした。
白髪の少年は変わらずにことを見ている。
自分の知らない昔から、彼は彼女を見続けてきたのだ。
「逆に、不幸があったところへ〝お気の毒に〟という声には、〝自分のことでなくて良かった〟という安心感を感じ取る。気の毒なことに彼にとって人の世とは、そうしたものだったんだよ」
「……コトノハを聴き分けられたんですか?」
聖は頷く。
「そうなんだろうね。意図的に処方する程には、珍しいことでもない。けれどそんな彼にも不思議と感じる人があってね。ある寺の住職の声だけは、〝良かったですね〟と言えば本当に〝良かったですね〟と。〝辛かったですね〟と言えば本当に〝辛かったですね〟と、言葉通りに耳に響く。世には不思議な人がいるものだ。そう感心した、という話だ。仏教ではこの住職のような人を『同悲同苦』と言う。他の悲しみ苦しみを、自分のことのように捉える」
「それは、でも……、その人自身には辛くないですか……。優しいってことでしょうけど」
「さあ。本人と周りがどう考えるかは、それぞれだ」
とん、と軽く突き放す聖の口調だった。
「ことさんは、そうなんですか」
風が吹き込み、釣忍の音を運んだ。
「俊介君。意地悪なようだけれど、それを僕に訊いちゃいけないんだ。人がどう見えるか、どう在るように見えるか、決めるのは自分自身でなくてはならない。僕が肯定し、或いは否定することで、君の中にある人への眼差しが簡単に揺らぐようでは駄目なんだよ」
教師のように諭す響きに、俊介は思わず鼻白んだ。
「聖さんは、俺に秀一郎さんが大人だって言ったじゃないですか」
聖の面は動じない。
「言ったね」
「あれは、俺の視点を変える言葉じゃないんですか!」
「変わったのなら、それは君が選んだんだ。それに、彼と御当主は違うだろう?」
僕らにとって、と赤い目が物語る。
逆光を浴びたアルビノの少年は神さぶていた。
超然として透徹として、誰かに似ている。
(――――ことさんだ)
孤高の美しい人に、目の前の存在はよく似ている。
(ことさんだけじゃない)
聖も同悲同苦を抱えて独り、佇んでいる。
この相似性は何なのだろう、と俊介は思った。
そして、寂しいと感じる自分に戸惑っていた。




