兎哀歌
聖視点の挿話です。
副つ家の鬼兎――――。
異相と異能を引っくるめて、僕は同族の一部にさえそう囁かれていた。
されど胸は痛まず。
自らにとって重きを成さぬ人間の囀りに痛痒を感じる程、繊細でも若くもなかった。
その心は冷えていたのだと。
独りに軋んでいたのだと。
僕に教えてくれたのは、主家の小さな姫君だった。
温かな手は無邪気に僕に伸ばされ、長ずれば佳人となるであろうあどけない顔が、親愛の情を満面の笑顔で示した。
本家の御一家が訪問されると知らせる風を聴くと、僕の顔は知らず綻んだ。
真っ直ぐな目で。真っ直ぐなコトノハで。真っ直ぐに僕にぶつかる。
受け容れることを微塵も疑われていないことが、僕を充足させた。
雪が融かされるように、僕は幼い掌に降伏させられた。
その幸福。
高貴の片鱗ある面は、傷つくことも既に知っていた。
僕と同じ匂いのする傷が姫君にはあったのだ。
僕は忠誠と慈愛を尽くして彼女の成長を見守った。
やがてそれは容易く形を変えるであろう予感を、微かな胸の痛みと共に感じつつ。
時が経ち。
長い髪がたおやかな手が。
とりわけ凛とした瞳が。
僕の中に君臨し続ける。
打ち明けよう。
貴方が僕に悲嘆の涙を見せた時。
この腕の中で泣き崩れた時。
僕は悲しみと、そして喜びに震えた。
雪のようには融けない罪が、今でも僕を炙熱し続ける。
笑っていてくれればそれで幸せではなかったのかと。
浅ましい物欲しさが己の中にあることを、自分自身に突きつけられた。
純粋に、貴方のウサギで在り続けたかったのに。
それは雪のように儚い夢想と知った。
いっそのこと消えて無くなれれば、楽になれるだろうものを。
また泣かれてはと思うと前に進めず後ろに退けず。
迷子の兎とは笑えてしまう。
貴方だけではない。迷子になったのは僕自身もだ。
それでも貴方と共になら、ずっと迷い続けても良いと思う。




