白銀秋波
白い髪、赤い目の少年はまだ幼かった私に跪いて笑いかけた。
〝お初にお目に掛かります。こと様。僕は音ノ瀬が副つ家の一、音ノ瀬聖と申します。以後、よろしくお見知りおきくださいませ〟
私はコトノハを処方する力も、聴き分ける力も、物心ついた時から優れていた。
それゆえ、より念入りに祖父母、両親から英才教育を施された。
いずれは音ノ瀬の家督を継ぐ立場であるという以上に、音ノ瀬隼人の轍を踏ませまいという恐れがあったのだろう。
音ノ瀬歴代最高峰の誉れは、しかし私をこの上なく独りにした。
遊び相手は従兄弟の秀一郎くらいのもの。
一族の人間には敬して遠ざけられ、学校にも上手く馴染めずに浮いていた。
聖は初めて、自分と同じと感じた存在だった。
赤い目は優しくて少しも怖くなかった。
同じ涙を流したことのある目だと、そう思った。
音ノ瀬の副つ家。
それはコトノハの作用の強弱を、自在に出来る血筋の家。
人間社会という枠組みにおける異端の中の、更に異端。
同じ一族内からも畏怖の眼差しで見られる。
一族のふるさとの守り人として、聖も長らく孤独の境涯に在ったのだ。
私はすぐに聖に懐き、父母に話さないようなことも話した。
〝ウサギさん。私のウサギさん〟
出逢った当初から、全てを、無償に捧げられていたことを、少女特有の勘で私は見抜いていた。
彼の存在にどれだけ心慰められたか解らない。
愛慕の念を改めて確認し合ったことは無かったけれど、私たちにコトノハは無用だったあの頃。
遠くに来てしまった。
私は今、聖と白銀の薄野原を歩いている。
ここは音ノ瀬一族のふるさとだ。やはり秋がよく似合う。
耳には水のせせらぎと、薄の擦れ合う幽けき音。夜空に浮かぶ月は聖の髪の色のようだ。
「楓さんも連れて来てあげたかった……」
そう言うと聖が笑いをこぼす。
「仰ると思いました。ですが今宵は僕に、御当主の唯一の連れである栄誉をお与えください」
栄誉。
幸、ではなく。
誘われて、ここまで来た私の胸を寂しさが掠める。
紺青に靡く白銀の波が美しくも物悲しい。
「秀一郎君はもちろんだが、俊介君も良い若者だ。彼らであれば、僕も安心して御当主を任せられます」
聖の口調は翳りを帯び、後半は自嘲の含みさえあった。
聖は誤解しているのだ。
両親が音ノ瀬隼太の動きを調べると決めた時、私は聖に、両親に同行してくれるよう頼んだ。だが聖はその時、私の身の安全と、私の側近くに在ることを最優先事項とした。両親の、私を気遣う心を慮るように、と私に言って。
そうしていつまで経っても帰らぬ両親に、心細さを募らせる私の傍らに聖がいてくれて、どれだけ救われたか解らない。
しかし両親はそのまま、戻らなかった。
聖は自分の判断が誤っていたと悔いた。両親に同行せずに、私を更に孤独な立場にしてしまったと悔いた。
結果論だ。
結果論であれ、人は悔やまずにいられない時がある。
私は私で、聖を留め置いたことで両親を窮地に追い遣り、聖を苦悩させた慙愧の念から、聖に自らの想いを伝えることをその頃から躊躇うようになった。
聖は私が彼に失望し、恋情は消えたものと思い込んでいる。
けれど。ならば聖。
私はなぜ今、髪を組紐で縛らず風に任せているのだ。
長い髪を月光に晒すように。
私もまた両親への申し訳ない思いがあり、聖に滑らかなコトノハを紡げない。
縛られて――――組紐の縛りを解くのがせいぜい。
桔梗色の透織に解かれた髪が流れている。
変わらぬ想いの花色の上。
「美しくなられました」
聖が独り言のように呟く。私を見ないまま。
「……僕は、妬いております。その資格も持たないのに。……お耳汚しでありましょう……」
白銀の中に白い少年が紛れ。
白銀の中に逸らされた赤い瞳の物語る心は紛れず。
白銀の中に私たちはすれ違ったまま。




