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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第二章
32/817

過ちの過日

 風の強い日、秀一郎が家を訪ねて来た。

 聖から彼と音ノ瀬隼太が戦ったと聴いて、本人にも無事を電話で確認したが、気に掛かってはいた。

 秀一郎の右頬と左頬。

 細く走る傷が一筋ずつ。私の婿養子に名乗りを上げるだけあり、秀一郎がコトノハを処方する力は優れている。一族でも有数だ。

 その彼をして傷をつけさしめたのか。


 ――――――あの少年が。

 胸がつきりと痛む。


 客間で挨拶もそこそこに、秀一郎が切り出した。

「聖君に伺いたいことがあります」

 それは私と聖、双方への了承を請う言葉だ。

 私は、任せる、と言うように聖を横目に窺う。

 彼は驚いた様子も無く、軽く頷いた。

「だろうね。じゃあ、僕の部屋で聴こう。俊介君も、一緒に……、」

 俊介も同席させる理由を私は知らないが、聖の語尾が震えた理由は解る。

 互換インクカートリッジの名残りだ。

 私もぷくりと頬を膨らませて笑いを堪えた。

 私たち共通のツボになってしまっているのだ。

 秀一郎が怪訝な顔で私たちを見ている。




 聖、秀一郎、俊介の三人が聖が使っている部屋に集う。

 聖は出窓に腰掛け、秀一郎と俊介は畳に直に胡坐をかいている。

 一脚だけ置かれた椅子を使う者は無い。

 明るい昼間の六畳の部屋に、灯りを点していない美装のランプが下がっている。

 水玉が刻まれた硝子に、あたかも光源を見たように秀一郎が目を細めた。

 硝子の色彩は乳白色と淡い水色。

「聖君。ことさんがこの部屋を使うようにと?」

「そうだよ、秀一郎君」

「そうか――――」

 秀一郎が物思う風情で鼈甲ぶちの向こうの眼差しを下方に落とす。

 聖は理由を知るが俊介は知らない。

 秀一郎は意識を切り替えるように窓辺の聖を見上げた。

「どうして俊介君を同席させるんだい? (そわ)(いえ)の意向と言われれば僕に異論は唱えられないが」

「いや、そんな権威的な問題じゃない。秀一郎君は僕に訊くことがある。そしてその内容は恐らく、僕が俊介君にも知っておいて欲しいと望むものだからだよ」

 聖が静かに論じる。

 話の渦中に置かれた俊介はただ、成り行きを見守っている。


「……聖君。君はあの晩、音ノ瀬隼太の言葉を聴いていたね?」


 得心したのか諦めたのか、秀一郎は本題に入ることにしたらしい。

 聖はあっさり答える。


「うん。遅くになって風が吹き始めたから」


〝当主に伝えてくれ。あの時は逃がしてくれてありがとう、と〟


 音ノ瀬隼太が去り際、秀一郎を翻弄するように残した台詞。

 聖も聴いていた。

「驚いていないんだね、聖君――――あれは本当なのか?」

「あれしきのコトノハで御当主に疑念を抱くなよ、秀一郎君。僕に君を見損なわせてくれるな。……とは言え、動揺するのも無理からぬことではある。俊介君」

 唐突に名を呼ばれ、俊介が驚く。

「はい」

「君もよく聴いておくと良い。御当主が今以て抱える罪悪感の所以を。御当主は幼少の折、まだ少年だった音ノ瀬隼太に遭遇したことがある。そして後に御両親よりそれを質された時、何も知らないと答えられた。無論、悪気あっての隠蔽ではない。当時の御当主には事の重大性が解っておられなかった。……だが御両親は音ノ瀬隼太の犯罪行為の確認に出向き、未だに帰還されない。〝もしもあの時、自分が見たことをありのままに打ち明けていたら〟と」


 聖が言葉を切って、後ろの窓に顔を向けた。

 風に震える硝子面にそっと手を置く。


「……御当主は、後悔して泣かれたんだ」



〝お前は何も知らないね、こと〟


〝知らない。私は何も知らない〟





挿絵(By みてみん)








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