互換インクカートリッジ
庭のダンゴ虫を余り見かけなくなった。
新芽などを食べると聴いてからは姿を見ると踏み潰していたのだが、きりが無く湧いて出る。
そこで聞き齧りの知識で、濃い目に淹れたコーヒーを冷ましてから散布してみた。
大して彼らの数に変動は無かった。ちょっと引っ込むけど、またすぐ出て来る。
それで面倒になって放置しておいたら、減少したのだ。
強い陽射しによる乾燥に耐えられなかったのかもしれない。庭の落ち葉などは小まめに掃いたりしているし。
コーヒーはダンゴ虫を弱らせるより潤おわせていたらしい。
自然は人智を超えてよく解らない。
柱時計の音を合図に皆で十時のおやつにしたあと、俊介の携帯が鳴った。
ズボンのポケットから携帯を取り出して立ち上がり、客間の隅で話し込んでいる。
戻って来た彼の顔は珍しく憂いがちだった。
「どうかしましたか?」
「いえ、事務所のプリンターのインクが切れたので新しいインクを買うのに、どこの業者にするかと言う相談です」
単純な話だ。それで憂鬱な顔になる理由は何なんだ。
「安いところにすれば良いでしょう」
「はあ」
「互換インクなら安上がりでしょうが」
「…………」
黙り込んだ。何だ、こいつ。
楓や聖と顔を見合わせてしまう。
「互換インクと聴くと失恋のトラウマを刺激されるんです」
「は?」
俊介は私の顔を窺うようにちら、と見てからぼそぼそ語り始めた。
「ことさんと逢うより前の話なんですけど。付き合ってた彼女に、『あなたは互換インクカートリッジと同じで、私にとって初恋の人に決して劣る訳じゃない。ただ純正じゃないだけよ』と言われたことがありまして」
「…………」
「その後、彼女とは別れました」
「……」
「……」
「……」
何というコトノハ!
戦慄を覚える。
女性の好みに問題がある以前に、何と言うか。
人智の範疇だとしても、これは自然以上の難事ではないか?
楓は一人、不思議そうな顔をしている。
どうかこの子がそんなことを言う大人になりませんように。
私は逃げを打つことにした。
「聖さん、そう言えば洗濯機のドライコースの説明がまだでしたね」
「――――はい」
「洗面所に行きましょうか」
「はい」
「……え?」
俊介が置いて行かれる犬のようなまなこで見て来るが。
楓と二人になると彼女に質問攻めにされて傷口に塩を塗り込まれること必然だと思うが。
洗濯機が設置してある洗面所に入った私と聖は暫時、沈黙した。
「聖さん、互換インクの意味は……」
「知ってますよ。そのへんの知識は、秀一郎君から」
赤い目と目が合う。
それから私たちは揃って噴き出し、爆笑した。
互換インクカートリッジのお蔭で、久し振りに屈託無く聖と笑い合えた。
許せよ、俊介。




