桔梗とビー玉
楓がこれまで着ていた服は女の子らしい物が多かったのだが、彼女は私のような格好をしたいと望んだ。
着る服は本人の自由だ。拘りがあるのなら尊重してやりたい。
それで楓は今日も、麻のブラウスにショートパンツ。
ブラウスは小さなパフスリーブがついて、華奢な脚が見えるショートパンツと合わせると、中性的な衣服を心がける私より乙女な印象になる。
私は彼女の長い髪の毛をブラシで梳いて、二つの三つ編みにして捩じり、ピンでお団子のように留めてやる。
髪の毛も私のように一つ結びが良いと言ったのを、こちらのほうが似合う、と私が唆し、もとい、勧めたのだ。
こんな風に構われることが嬉しいらしく、髪をセットし終えた楓は庭に降りてぴょんぴょん飛び跳ねた。
ああ、桔梗の花が咲いているな。
星型が可愛らしい青紫の花。白もある。まだ緑色の庭を優しく彩っている。
私も剪定鋏を手に庭に降りた。
楓は、しゃがみ込んで何やらごそごそ、低い位置で動き回っている。
どうしたのだろう?
私は余り頓着せず、桔梗の茎の何本かに鋏を入れた。
葉の形もすんなりと単純で、ぷっくり膨れた蕾は子供の頬のよう。
作りの全体が可憐な桔梗は秋の七草でもある。
根は漢方薬として重宝される。
才色兼備だ。
楓が手に集めた何かを持って縁側に駆け戻った。
「ことさん、ことさん、これ見てっ」
はしゃいだ顔で呼ばれ、縁側に並べられた物を見る。
薄茶色の、蝉の抜け殻だった。
ずらっと五個。
色合いや形、大きさが、微妙に違う。
「へえ……。よく集めましたね、楓さん」
きゃあとか言わずに感心するのが私だ。
「うん! お部屋に飾って良い?」
「寝室ですか?」
「うん!」
「そうですねえ……」
考える私を、不安そうな顔になった楓が見守る。
そんな楓の目を覗き込んで私は提案した。
「では違い棚に、ビー玉やおはじきと交互に並べてはどうでしょう。陽が当たったら硝子の反射を受けてキラキラ光りますよ」
「わあ……、とっても綺麗だと思う」
嬉しそうな笑顔の楓の髪に、青い桔梗を挿してやる。
うん。桔梗の精みたいだ。
「とても可愛いですよ。抜け殻を並べ終わったら、手をちゃんと洗いましょうね」
「……はい」
はにかむ楓は童女の愛らしさそのものだった。
奇しくも桔梗の花言葉は、変わらぬ想い。
私には符号するところの多い花言葉だ。
楓に関しても。
あの子が私の元から離れても、或いは留まっても。
楓への想いはきっと一生、変わるまいと思う。
それは告げるべきコトノハか否か、今はまだ迷っている。
楓と暮らすようになってから、私は依頼を専ら家でこなすようになった。
先にコトノハを制御する術を学ばせることにしたので、学校に預けることも出来ない。
また、無防備に預けるのも、今は何かと不安のある状況だ。
いつ復学しても良いよう、空いた時間には小学校で学ぶ五教科の基礎を楓に教えた。
私が客間で依頼相手と話し中(つまり仕事中)、楓がお茶を淹れて持って来てくれる。
髪に桔梗の花を挿した少女が、細い腕にお盆を持って来るとそれだけで客の顔は和む。
まして相手は初老の婦人だった。
「お茶をどうぞ」
そう言って楓が黒い茶托と青磁の湯呑みを置く。
まずお客に先に出すように、という教えをちゃんと守っている。
「ありがとう、お嬢ちゃん。良いですねえ、こんな可愛い娘さんがいらして」
「恐れ入ります」
今日は土曜日。子供が家にいても怪しまれない時だけ、楓にもお茶を出すなどの手伝いをしてもらう。そうすることで人とコトノハに少しでも触れさせようという考えからだ。
私にもお茶を出してくれた楓は、大人しく退室しようとする。
それを婦人が引き留めた。
「お嬢ちゃんもいてくれないかしら?」
「よろしいのですか?」
「ええ、孫みたいで」
そういう彼女に、孫はいない。
事業に失敗して借金を作り、資産のある母親に擦り寄る息子が一人、いるのみ。
楓はお盆を抱えたまま、私の隣に来て正座する。
「息子の本音は解っているんですけど。甘えられるとつい、自分が必要とされてるんだと、嬉しくなってしまって」
寂しいコトノハだ。けれどそんな寂しいコトノハが溢れる世だ。
コトノハさえ洩らさず、蹲って息を詰めている子供らが、大人が。
「寂しいことは、怖いことだと。昔、祖父が言っておりました」
私は寂しい人に悲しい思いで告げる。
「おじい様が? 今は……、」
「亡くなりました」
「そう。……寂しいことが、なぜ怖いのかしら」
「多分、本来の、こうありたいと思う自分なら、決してしないようなことも、寂しさを埋める為であればしてしまうからではないでしょうか。そうさせる寂しさが恐ろしいと、申したかったのでしょう」
楓は黙って話に耳を傾けている。
婦人が笑みを洩らす。
「あら私、貴方に窘められているのでしょうか?」
「いいえ、すみません」
謝ると、彼女の笑みは悲しげなものになった。虚ろを含んだ悲しみに。
「――――――――そう。ずっと、誰かに叱って欲しかったんです、私。そんな息子は突き放せ。そんなの、本当の貴方じゃないでしょうって。……でも誰も、そんなこと言ってくれなかった。当たり障りのない優しい言葉ばっかり……中身なんて無い、スカスカの……寂しかったんです、それも……」
その後、長く嗚咽が続いた。
私は途中からそっと差し出された楓の手を握り、何も言わずに婦人を見つめていた。
「今日は悲しいお話を聴かせてしまいましたね」
いつもの夕涼み、パジャマに着替えて私の浴衣の膝に甘える楓の頭を撫でた。
「寂しいのは、怖いことなの?」
「そうですね。多くの人には、寂しさは恐怖です」
「ことさんも?」
透き通ったビー玉みたいな目と目が合う。
「怖くないとずっと思っていましたけど、楓さんに逢ってからは、怖くなりました」
どうして? と追及された時の用意が、私には無かった。
楓は追及して尋ねたりはしなかった。
私の膝に、深く頭を埋めただけだった。




