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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第一章
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野分

 秋の虫が良い声で歌っている。

 風も遠慮がちに吹き、清涼な空気に月桃香がゆらりとまつろう。


 佳き秋の晩。

 私は縁側で、足を崩した浴衣の上に楓の頭を置いて紫蘇ジュースを傾けていた。

 近頃ではこうして二人で夕涼みをするのが日課のようになっている。夕涼みの前には楓が眠っても良いように、パジャマに着替えさせる。

 子供と暮らすと日々が学習だ。

 縁側で私がズボンのまま胡坐をかいている時は、その中に楓がちょこりと納まる。

 これでは祖父と孫みたいだなと思いつつ、私は好きにさせておく。

 テディベアでは足りない時があるようだ。


 清少納言曰はく、秋は夕暮れらしい。

 それには同意するが、秋の夜も趣深さでは捨て難い、と私は思う。

 夏の汗誘う猛烈な暑気が過ぎ、夜に涼やかさを感じる感覚は、迷い込んだ森の中、帰り道を知る銀狐に逢うにも似た安堵がある。


 束の間の安寧が来るのだと教えてくれる。


 それを超えれば凍てつく冬が待っていると知っても、人は優しさに憩うのだ。


 冬の早朝を推した清少納言は寒さに強かったのだろうなあ。

 霜の降りる朝も良い、とは。

 ああ、冬の早朝に外で水仕事とかしたことがなかったんだな、きっと。

 宮中に勤める女房は姫君たちより気張った正装・十二単でなくてはならなかったそうだから、着膨れていたのだろうし。

 現代企業で言えば制服にコートが義務付けられていたようなものだろうか。

 夏は地獄じゃないか?


 そんなしょうもない思索に耽りながら、適当なメロディーをハミングして楓のお腹の上を軽くぽん、ぽん、と叩いていると、楓はうとうととし始める。


 このままだとまた、彼女を寝床に運ぶ羽目になると解っていても、揺り起こすことは出来ない。

 私もだいぶ鍛えられた。もうぎっくり腰になる恐れもあるまい。と思う。


 こんな時が長く続けば良い。


 原始から変わらぬ人の願いは、しかし儚い夏の夜の露めいて。

 大抵の場合は叶えられない。


 秋冬に吹く野分(のわき)に散らされるのだ。


 私の身の内に生じる、子を想う一介の人間たらんとする部分と、音ノ瀬家当主として冷厳たらんとする部分は、共存するには異質で互いにせめぎ合う。


 音ノ瀬の家督を継いだ時に、私は私の一部を凍らせた。

 そうして今、迷子を拾い、私自身が迷子になった。

 もしかしたらずっと迷子だったのかもしれない。



 私の心に風が荒ぶ。くるくると魂が舞う。

 私はどこに行き着くのだろう。



挿絵(By みてみん)





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