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コトノハ薬局 作者:九藤 朋

音ノ瀬異国血族編 第三章

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動かない紅玉

 それは二頭の獣が争う様に似ていた。
 若い雄獅子とそれより年経た雄獅子。

「Break(壊す)」

 ジョージがコトノハを処方すれば。

「Defend(防ぐ)」

 黄竜もまたそれに応じた処方をしながら、ジョージに殴り掛かる。
 ジョージはそれを紙一重で避け、黄竜の首をホールドする。気道を防ぐ程の圧迫を、しかし黄竜はジョージの足を踏みつけることで逃れる。
 間合いを取ると、境内の砂埃が舞った。
「Jump(跳ぶ)」
 黄竜は自らのコトノハを服用し、高々と跳躍した。ジョージの頭に組んだ拳を打ちつける。脳震盪を起こしてもおかしくなかった一撃を、ジョージは何とか正面で受けることを避け得て、今度は降ってくる黄竜の顎に向けて拳を繰り出す。

 旧来の同志であった二人の間に、今や遠慮の欠片もなかった。
 黄竜が若い煌めく雄獅子だとすれば、ジョージは貫録を備えた風格ある雄獅子だった。
 二頭の獅子はもつれ合いながら死闘を繰り広げた。


 同じ頃――――――。

 銀杏の青い葉がはらりと散る。

 その下でレイニーは微笑を保って沈黙していた。
 彼の沈黙は雄弁より私たちに緊張を強いた。

「滅呪慟哭」

 果たして彼が軽やかに言ったコトノハは、真に処方されたものではなかった。
 夜半の夜叉衆たちが彼の包囲を狭める。レイニーは意に介していない。

「こんな紛い物のコトノハでは、やはり発動しないようだな」

 レイニーは同意を求めるように隼太を、そして私を見た。彼は私たちをいたぶったのだ。満腹の猫が鼠を転がすように。

「……考え直す気はありませんか。レイニー。貴方のしようとしていることは、無辜(むこ)の民の殺戮以外の何物でもない」

 レイニーが悲しげに笑う。
 いつでも、どんな時でもこの男は悲しげなのだ。それが私を怯ませる一因となると知っている訳でもあるまいに。

「狼程、自らを羊と言い張るものだ」
「音ノ瀬一族が貴方に何をしましたか?」
「それは違う。そういう問題ではない。私は血統主義、ひいては選民主義が許せないのだ」

 では、それこそ選民思想の持ち主である隼太と行動を共にするのはなぜか。
 恐らく隼太は、自分の思うところの詳細をレイニーに明かしていないのだ。
 本来であれば水と油のような両者が、共存など出来はしない。

 かあ、と烏が銀杏の樹の上で鳴いた。隼太だろうか。

「確かに……、音ノ瀬一族は血統主義であったかもしれない。けれどだからと言って、一族以外を迫害したりはしませんでした。そんな記録があれば私の目に触れない筈がない」
「純血種を尊んだのは事実だろう」

 それまで傍観していた隼太がコトノハを投げた。痛いコトノハを。

「それから、飢饉や水害、天災に対して一族をそうでない者より優先して助けたのも事実だな?俺はじいさんから聴いた」
「……災害を収めるべく奔走したのも事実だ」
 聖がそっと言い添える。

 隼太が嗤う。

「自分たちに余裕が出てきた後のことだろう。綺麗事としか聴こえないな、レイニー?」

 わざと親しげに隼太がレイニーの名を呼んだ。

「そういう次第だ。音ノ瀬こと。悔い改める積りのない者には裁きを」

 めつじゅ、とまで聴こえたところで、レイニーを包囲していた夜叉衆より先んじて聖が瞬息で動き、レイニーに飛び掛かった。
 私の立ち位置からはよく見えなかったが、レイニーが懐から何かを取り出したようだった。咄嗟の動きで。
 それから、パン、と乾いた音が聴こえた。

 なぜだろう。聖の背中が赤く見える。
 彼は私と同じ、白い羽織袴の筈なのに。
 聖がゆっくりと仰向けに倒れる。

 夜叉衆がレイニーを一気に捕縛するのを横目に、私は聖の元へ駆けた。

「聖さん?」

 答えるコトノハはない。
 レイニーに拳銃で撃たれたのだと、今では私にも判った。
 彼の胸部は赤く染まっていた。
 その赤はどんどん、どんどん広がる。
 見る間に聖域に紅が満ちる。

 そうして私が何より愛した美しい紅玉の双眸は見開かれたまま。
 二度と瞬きをすることはなかった。


挿絵(By みてみん)



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