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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第三章
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悲しい夜

 ざあっと、楓たちを含めて黒髪の女性を夜半の夜叉衆が取り囲んだ。

(ばく)

「Kratzer(傷)!」

 唐突なドイツ語に玲一が怯んだのは一瞬だけだった。ぴ、と頬に赤い筋が奔る。

 攻撃系のコトノハであろうと目算をつけて日本語のコトノハで応じる。

(かい)

 女性が楓に伸ばしそうになった手を、恭司が振り払う。

(かい)、捕らえろ!」

 両腕をとられ、女性の黒髪がずるりと地に落ちる。

 (かつら)の下からこぼれ出たのは、まとめられた波打つ長い金髪だった。



 栗の皮を思わせるテレーゼの茶色い目を私は悲しい思いで見つめた。

 パウロもいる。私が呼んだのだ。パウロもまた、悲しげな表情だ。

 彼女は今、客間で夜半の夜叉衆を後ろに悄然と俯いている。今までテレーゼは玲一を始めとした夜半の夜叉衆に取調べを受けていた。

 楓と恭司の無事に安堵するものの、この結末に私は慨嘆せざるを得なかった。

 隼太だけが平生と変わらない様子で腕組みして立っている。座した姿より不遜な立ち姿が似合う男だ。

 今回の計画立案は彼だ。

「どういうことだ、音ノ瀬隼太」

 玲一が隼太に喰って掛かる。

「この女が間諜と知りつつ我らに庇護させていたのか」

「確信はなかった。だが音ノ瀬一族を襲撃した中に女がいたこと、襲撃の刻限にテレーゼがしばしば隠れ山から外出していたことを鑑みて目星をつけていた」

「他にも理由はありますね」

 私は訊いた。

「ああ。テレーゼは、一家離散している。尤もそうさせたのは俺だが。家族と再び共に暮らせることを餌にすれば、操るのも難しい話じゃない。……決め手は風が知らせたドイツ語のコトノハだ。お粗末にも襲撃された奴らはレイニー・ダークや水島黄竜の攻撃ばかりに気を取られ、そこまで気付かなかったのだろう。本当ならここで芋づる式に奴らも出てきたら良かったんだがな」


 傷つけられた同族をお粗末と言われ、色をなしそうになった玲一らを私が手で制す。

 隼太はその見解から楓と恭司を囮にする作戦を提案した。

 私はその作戦に難色を示したが、説き伏せられた。

 そして、夜半の夜叉衆の他にはテレーゼにのみ二人が外出することを伝えた。

 テレーゼの長い綺麗な金髪がほつれている。

 コトさん、と無邪気に語りかけた彼女。

 芋羊羹を美味しそうに食べていた姿。


 それらをしても尚、忘れられなかったのか。

 郷愁、団欒。

 時に人に怪獣のようにのそりと襲い掛かるものたち。


「もしかするとこちらの疑いに気付き、切り捨てられたのかもな」

「隼太さん、もう良いです。黙ってください」


「如何なさいますか、御当主」

「……隼太さん。テレーゼの父と弟妹と連絡をつけることは可能ですか」

「出来るが、してどうする」

「彼女と、彼女の母を、彼らの元に帰しましょう。テレーゼにはもう、隠れ山に住む資格はありません」

 隼太が目を細くする。

「それだけで収める積りか。相も変わらず甘いな」

「テレーゼは日本に来るべきではなかったのです。それに一家揃っても生活は厳しいでしょう。今回はそれを罰とします」

「コトさん……ごめんなさい。ごめんなさい」

 テレーゼは泣きながらにたどたどしい日本語で謝った。彼女が使う謝罪の日本語を私は初めて聴いた。

 ――――こんな形で聴きたくはなかった。

 もし夜半の夜叉衆がいなければ、テレーゼは恭司や楓を攻撃、もしくは拉致していたのだろうか。その細腕で無体を働いたのだろうか。英語はまだしもドイツ語のコトノハを処方されれば恭司も戦いにくいだろう。

 彼女には楓も懐いていた。

 私は苦い思いを噛み締める。

 これで内通者は終わりだろうか。

 私の心にふと疑念が湧く。

 テレーゼが言うには、ここ最近の音ノ瀬一族に対する攻撃活動は、彼女とレイニーと黄竜だけで行われていたものらしい。

 だが今となってはそれらの言葉を全て鵜呑みにするのも難しい。

 かくして、テレーゼは音ノ瀬の庇護下より放逐された。

 細い月が涙のようにも見える、夜の出来事だった。



挿絵(By みてみん)




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